2018年1月21日日曜日

グーグルが導き出した「ビッグ・エイト」(最高の上司の特徴)


① あなたが管理職(や教育委員会)に求める資質は、どのようなものですか?
 ② あるいは、子どもたちが教師に求める資質は?

 『The Best Class You Never Taught(あなたがこれまでに教えたこともない最高の授業)』というタイトルの本を訳しています。これは、教師の介入なしで生徒たちが話し合いをするための手引書です。これ以上の「主体的・対話的で「深い学び」」はないだろうな、と思ってしまいます。

 その中で、以下のような文章があります。(原著10~11ページ)

 学校は、将来のキャリアに必要なスキルを身につけさせて卒業させるために、ソーシャル・スキルを教えるためのより効果的な方法が必要です。2009年に、グーグルは会社を辞める決断をした人たちがどんな理由をもっていたかを明らかにする調査をしました。その結果発見したことは、もっとも大きな要因は「ひどい上司」でした。そこで、型破りなテクノロジーの企業であるグーグルは、いい上司と悪い上司の数を把握できないかと自問したのです。その結果、「プロジェクト酸素(Project Oxygen)」★が生まれました。グーグルが得意な大量のパフォーマンス評価、フィードバック調査、優秀社員賞への推薦者等のデータを解析することによって、会社にとって最高の上司の特徴を以下の8つの点に絞り込んだのです。グーグルは、これを「ビッグ・エイト」と呼び、重要な順位に並べました。

  1. よきコーチである
  2. チームを後押し、細かいマネジメントはしない
  3. チームメンバーの成功や生活に対し、関心がある
  4. 臆病にならない~生産的で結果主義である
  5. よいコミュニケーター~よき聞き手である
  6. 部下のキャリア形成を助ける
  7. 明確なビジョンと戦略をもっている
  8. チームにアドバイスできる技術的な専門知識をもっている
 「プロジェクト酸素」のチームは、「社員がもっとも求めているのは、一対一でのやり取りに時間を割いてくれ、答えを左右するのではなく、問いかけることによって問題を解決するのを助け、部下の暮らしやキャリアに興味を持ってくれる、バランス感覚をもった上司」であることを発見しました。★★このリストでもっとも興味をそそるのは、1、2、3、5番はすべて協力して仕事をしたり、コミュニケーションに関連するものだということです。そして、リストの最後に挙がっているのが「技術的な知識」でした。内容理解よりも、あなたが指導している人たちを元気づける方がはるかに重要なのだというのは、私たちのほとんどが教わったのとはまるで逆さまですが、完全に筋は通っています。グーグルのような企業にとって、協力することこそがデザインしたり、創り出ししたり、実施したりするすべてと言っても過言ではないのです。★★★

▲以上、長い引用終わり

 上記の本で紹介してある話し合いを継続してすることで、これらのスキルをほとんどの生徒が身につけてしまうというわけです。やってみたいと思いませんか?

★ 「Project Oxygen」で検索すると、このプロジェクトに関する多数の日本語情報も入手できます。すでにビジネス界では、知る人ぞ知るの情報です!
★★ これは、まさに『校長先生という仕事』に書いたことと同じです。
★★★ これはグーグルのようなハイテク企業に限らず、学校も含めて、これから21世紀を生きていくのに欠かせないリストが「ビッグ・エイト」だと思います。
★★★★ ちなみに、冒頭の①と②の答えは、「ビッグ・エイト」そのものです。両者は入れ子状態ですから、同じです。

2018年1月14日日曜日

教師(教える)という素晴らしい仕事


 2018年の滑り出しはいかがですか?
 年始早々から『In the Middle』という本の翻訳作業をしています。この本は、読み書きの教え方に革命を起こした本★です。訳しているのは、第3版ですが、その初版は数十万部売れ、その印税で著者は自分の学校をつくってしまったぐらいですから。それも素晴らしいのは、Center for Teaching and Learningという名称にしたことです。生徒たちにとってはもちろん、教師たちも学び続けるセンターにしたことです。まさに、PLC。ここでいう教師は、自分の学校の先生だけでなく、全国(全世界)からワークショップの教え方を学びたい、体験したい先生方を意味し、1週間を単位として受け入れています。
 はたして、日本にそういう発想をもった学校があるでしょうか?

 この本は、次の文章ではじまります。

40年間の国語教師としての人生を振り返って、私はこの仕事がとても素晴らしい仕事の一つだと確信しています。もちろん、時間と労力はかかります。けれど、充実していて、やりがいがあって、何より刺激的です。毎朝教室に入る時、私は確信しています。きっと今日も、若い書き手や読み手たちの言うこと、行うことに目を見張るだろう。(『In the Middle』 の第1章「教えることを学ぶ」の3ページ)

 「この仕事はとても素晴らしい仕事」、まったくその通りだと思います。
 日本の国語教師はもちろんのこと、すべての教師に同じ思いをもってほしくて、この本を訳しています。
 次のページで、アトウェルは次のように書いています。

ビセックスの才気あふれる著書『GNYS AT WRK★★(ことばを学ぶ天才)』は、彼女の子どもポールの幼少期のことばの学習、特に、就学前に彼が独自に考えだした綴りに注目しています。この本が出版されるまでは「書くためには、まず読めないといけない」という考え方が一般的でした。しかし、ポールは、読めるようになる前に、ありとあらゆるメッセージを書き散らしていたのです。ビセックスの観察は、子どもが実際に学ぶ方法と教師が教える方法との間にはギャップがあることを伝えてくれます。そこから、「私たちが教える論理が、子どもたちが学ぶ論理と同じとは限らない」という彼女の言葉は、私の座右の銘となりました(この章の冒頭にも引用しています)。この言葉を目にするたびに、私は立ち戻ります。生徒を観察すること、現状維持に疑問を抱くこと、そして、教室で起きていることを理解しようとすることに。(原書、4ページ)

 日本では、いまでも濃厚に「書くためには、まず読めないといけない」という捉え方があるのではないでしょうか? 実は、聞いたり、見たり、真似したりしながら、子どもたちは「読めるようになる前に、ありとあらゆるメッセージを書き散らしてい」るのに。

 しかし、ここで指摘したいのは(それも、大文字で!)、アトウェルが座右の銘にしているという、次の部分です。
 「子どもが実際に学ぶ方法と教師が教える方法との間にはギャップがある」ことを発見し、「私たちが教える論理が、子どもたちが学ぶ論理と同じとは限らない」と言い切ったことです。

 それに対して、日本の授業は、「教師が教えること=子どもたちが学ぶこと」という成立するはずのない前提で行われ続けています。
http://projectbetterschool.blogspot.jp/2017/12/blog-post_31.html で紹介した(というか、反面教師にしてほしい)『授業の見方』もその発想で書かれている本です。
しかし、それは大人の都合でしかありません。子ども一人ひとりには自分の都合というか、学ぶ論理がありますから。
当然のことながら、どちらの立場に立つかで、まったく違った授業をすることになります。
同じではなく、違うと思えたら、アトウェルが次に書いている「生徒を観察すること、現状維持に疑問を抱くこと、そして、教室で起きていることを理解しようとすること」の価値が見出せます。★★★
でも、思えないと『授業の見方』(=指導案、一斉授業)のアプローチが続くことが約束されています。
 どちらを選ぶか、あなたには選択があります!


★ ある意味で真に革命を起こした本は、彼女のこの本に先行すること4年前に出たドナルド・グレイヴス(Donald H. Graves)著の『Writing: Teachers and Children at Work(書くこと~学習中の教師と子ども)』です。こちらは書くことに焦点を当てています。それをアトウェルは読むことにも応用し、両方を中学校レベルで実践した本として紹介しました。私の中では、『「考える力」はこうしてつける』『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』『「学びの責任」は誰にあるのか』の3冊で書かれている内容がすべて押さえられているというか、実践されている本です。『In the Middle』は今夏に、三省堂から翻訳出版される予定です。http://wwletter.blogspot.jp/search?q=in+the+middleIn the Middle』関連の記事がたくさん読めます。

★★英語圏の子どもは、英語の音を聞いて自分なりの英語の単語の綴りをつくりだす時期があります。英語の原題『GNYS AT WRK』は、Genius at Workを、自分なりの英語の綴りで表現していることを象徴的に表しています。


★★★ 違うと捉えると、必然的に『「考える力」はこうしてつける』『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』『「学びの責任」は誰にあるのか』や、ライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップ関連の実践になります。これは、この本の第1章のタイトルとも関連します。それは、「教えることを学ぶ」というか、「教えることを学び続ける」か、それとも固定的な教え方で満足してしまうかの分かれ道です。繰り返しますが、教師は誰もが選択をもっています。

2018年1月7日日曜日

『PBL 学びの可能性をひらく授業づくり』


 新年を迎え、第1回目の今回は、探究学習・探究活動に関する次の2冊の比べ読みをしようと思って読み始めました。 

■「探究」を探究する~本気で取り組む高校の探究活動』田村 学・廣瀬志保(編著)[学事出版]★

■『PBL 学びの可能性をひらく授業づくり~日常生活の問題から確かな学力を育成する』L.トープ/S.セージ(著)[北大路書房] 

 本のタイトルと編者の名前に魅かれて1冊目を購入して読みましたが、小中学校の教員の立場から正直に言わせていただくと、あまりにも期待はずれで、比べ読みに耐え得る内容になっていないので、2冊目のPBLの方のみを紹介します。 

 『PBL 学びの可能性をひらく授業づくり』については、既に昨年1112日のPLC便りでも紹介されていますが、探究学習として教科の授業を大きく変える可能性をもつPBLProblem-Based Learning)の実践例と理論的基礎、カリキュラム設計、評価などについて、とてもわかりやすく書かれている本なので、再び取り上げました。 

 この本には、サブタイトル「日常生活の問題から確かな学力を育成する」にあるように、解決策(正解)が一つとは限らない日常生活の問題について、学習者がその問題の当事者(利害関係者)として、仲間と協同しながらその解決策を考えていくという探究学習・PBLについて、その理論と実践が体系的に具体的に書かれています。 

私が最も関心をもって読み進むことができたのは、やはり学校現場でのPBLの実践のための第4章~第7章でした。特に、第6章に書かれている内容は、『「学びの責任」は誰にあるのか~「責任の移行モデル」で授業が変わる』[新評論]の「協働学習」で紹介されている内容とも重なり、本物の探究学習であるPBLの素晴らしさと大きな可能性を感じることができました。 

PBLでの教師の役割(第6章:PBLの実践方法)
 文部科学省の「学習指導要領解説・総合的な学習の時間編」では、教師のかかわり方について、「学習指導の基本的な考え方」や「探究的な学習の指導のポイント」という形でいわゆる「指導上の留意点」が示されていますが、PBLでは学習者の「コーチ」としての教師の役割が、9つのプロセス★★ごとに具体的な行動目標と共に解説されています。それどころか、PBLでは、教師は学習者である子どもたちと一緒に探究のプロセスを歩み、子どもたちの学びを深める「責任」が求められているのです。 

 「コーチ」としての教師の役割について、PBLを実践している先生方の言葉が紹介されています(93ページ)。 

「(前略)私たちが学んだもう一つのことは、自分が説く者ではなく問いかける者としての役割を受け持ち、生徒を自分で考える立場に引き込むよい問いかけをするということです。(中略)生徒たちが自分で考えなければならないような問いを投げかけると、直接教えなくても、学ばせたい内容を生徒たちから引き出すことができました。つまり、生徒たちは自分たちで学習内容を見つけ出すことができるのです。」<フリードリッチ先生・高校> 

 「学習内容を決めているのは教師だ、と私は思います。このことは、学習者がうまく学べなかったとしたらそれは学習者の責任だ、という的はずれなことを意味しているのではありません。そうではなくて、学習内容とは、学習者が問題を展開させる先にある、学ぶべき大切な現実的な調和のことなのです。だから、私はコーチとして、学習者がそれを自分から見つけ出してくれるように、十分に問いかけるのです。」<トンプソン先生・高校>

  PBLにおける「主体的なコーチとしての教師」と「主体的な学習者としての生徒」のそれぞれの役割が、図6.2 学習者の意味構築を促すコーチング として示されています(98ページ)。 


 PBLは、次期学習指導要領が育成を目指すコンピテンシー・ベースの学力を大きく育むことができるものです。『PBL 学びの可能性をひらく授業づくり』は、指導と評価の一体化を含め、総合的な学習の時間だけでなく教科の授業を、本気で子ども主体の「学び」に改革・改善しようと思っている人にとって役に立つ、探究学習の選りすぐりの1冊です。ぜひ多くの先生方に読んでいただきたいと思います。


★  この本は、月刊の教育誌に約5年間連載した高校の探究学習・探究活動の実践からよさそうなものを選んで掲載してある実践事例集でした。その前後に探究に対する考え方と編著者の対談を載せた安易なつくりで、期待していただけに、正直、がっかりしました。 

★★  PBLの学習プロセス(探究のプロセス)は、およそ以下のとおりです。PBLにおける学習活動は、厳密なものでも決まりきったものでもありませんし、それらの配置の順序も決まっているわけではありません。学習者は探究を深める中で、PBLのプロセスのうち、特に「問題記述の明確化」と「情報収集・共有」を何度も行うことになります(4748ページ)。
(1)PBLに取り組む心の準備をする。
(2)問題に出合う。
(3)知っていること、知るべきこと、思いついたことを書き出す。
(4)問題記述を明確化する。
(5)情報を収集し、共有する。
(6)実施可能な解決策をつくり出す。
(7)最適な解決策を選び出す。
(8)解決策を発表する。
(9)全体を振り返る。

2017年12月31日日曜日

読み比べ

    先週の「読み比べ」で紹介された本についてコメントします。
   
まず、文部科学省の澤井視学官の書いた『授業の見方』(東洋館出版社)でした。

「主体的・対話的で「深い学び」の授業実践」というサブタイトルがついています。授業改善のための授業の見方を考えると言うのが、その趣旨のようです。新学習指導要領の内容をベースに説明がなされています。この本を全国の多くの教師たちが読むことでしょう。その影響は決して小さくありません。

 そのような本ですから、その内容に関して、今一度考えるべきことはないのか、しばらく内容を反芻してみました。その結果、次のような思いに突き当たりました。
     
   この本の根底には、「子供は教え導くべき存在である」「子供の能力には限界がある」「予定調和的に教えるのが学校の授業である」という見方があるように思えてなりません。「大人がいつでもリードしてあげなければ、子供は学ぶことができない存在」、そのようにも思えます。

以前、ここでも紹介した『イギリス教育の未来を拓く小学校』マンディ・スワン他(大修館書店2015)の「限界なき学び」という、子供の可能性を信じて、その学びを創造していくやり方とは対極にあります。

同書の「子どもたちの声を聴く」には、次のような一節があります。
     

教師たちが発展させようとしていた活動としては、子どもの声を聴き、アイデアや、考え方、感情などを汲み取ろうとするというものがあったのですが、そこで汲み取ろうとしていたものは、学習に関することだけではなく、学校生活全般に関することでした。
(中略) 子どもの関与は、あらかじめ決められている活動や構造に限定するべきではなく、教師によって計画される(学習の)全体構造に及ばせることが重要であると主張しています。
 

この考え方は、「ここまで」と枠を決めて、その中で予定調和的に、スマートにやろうという、わが国の学習指導要領中心の学びとどちらが魅力的か、考えるまでもありません。

また、同書の127ページには、次のような一文もあります。
      
 ロックザム校における成長の基礎をなすものとは、「本質的に有能な人間」としてすべての子どもたちを信頼することであり、その信頼に基づいて学級の人間関係を再建することが潜在的に変容可能であり、能力で判定することによって作り上げられる限界から教師と子どもたちを解放するのだという意識でした。
     

そして、もう一つ。

子どもの可能性をそれほど信用も信頼もせず、固定的なものの見方で指導するやり方から、ロックザム校のような実践にいきなり行くのは、難しいと思います。

そこで、その橋渡しをしてくれる方法が、『「学びの責任」は誰にあるのか』(吉田新一郎訳、新評論)で紹介された「責任の移行モデル」だと思います。この本には、次のような4段階の学びが紹介されていました。
     

①教師が焦点を絞った講義をしたり、見本を示したりする。(焦点を絞った指導)

②教師がサポートしながら生徒たちは練習する。(教師がガイドする指導)

③生徒たちが協力しながら問題解決や話し合いをする。(協働学習)

④生徒は個別に自分が分かっていることやできることを示す。(個別学習)
     

この4段階を通して、子供たち一人ひとりが自立した学び手に成長することで、限界なき学びも当たり前のように、視野に入ってくるのだと思います。③と④は間違いなくこれからの教育で求められるものだと思いますが、いきなりそこには行けません。①から②へと、切れ目のない指導があって、初めて達成されるものであることを忘れてはならないでしょう。

また、これも以前ここで紹介された『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』(キャロル・トムリンソン著、北大路書房)も先ほどの「限界なき学び」と深いつながりがあります。

『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』の特徴として以前、次のような説明がありました。http://projectbetterschool.blogspot.jp/2017/07/blog-post_23.html
     

・何を(学習内容)、どう学ぶのか(学習方法)、そして学んだことをどのように証明するのか(=成果物)の3つで、生徒たちに選択肢が提供される教え方です。

・生徒たちが熱中して取り組め、意味を感じられ、そして興味が湧くものに対しては、よく学べるということを(そして、生徒たちすべてが同じものに熱中し、意味を感じ、興味が湧くわけではないことを)ベースにした教え方です。これも、上記の選択肢を提供することで、実現できます。

  ・クラス全体、小グループ、個人を対象にした学びが柔軟につくり出されます。

   ・常に臨機応変で、有機的で、ダイナミックな教え方です。
     

この中で、「生徒に選択肢が提供される」「臨機応変で、ダイナミックな教え方」は特に重要です。それは、「子供の関与を限定的に捉えない」という「限界なき学び」に通じるものです。このように考えると、『一人ひとりをいかす教室』と『限界なき学び』、そして『責任の移行モデル』はすべて有機的につながりあっており、それは「学びの原則」を踏まえた「学びの王道」とも言えるものです。


特に、経験の浅い教師の皆さんに、ぜひこの21世紀の教育の『王道』とも言える『「学びの責任」は誰にあるのか』『一人ひとりをいかす教室』を読み込んでもらい、日々の授業の中で実践を積んでいってほしいと切に思います。

2017年12月24日日曜日

比べ読みの第4弾


お薦めの本は、以下の2冊です。

・『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』キャロル・トムリンソン著、北大路書房
『授業の見方 ~「主体的・対話的で深い学び」の授業改善』澤井陽介著、東洋館出版

これらの2冊の比べ読みを思いついたのは、前者を「理解できない、読むのが大変」というコメントをもらったからです。あまりにも自分が慣れ親しんだ授業観、生徒観、教育観とは異なることが原因だそうで、投げ出すのではなく、どうにかして読めるようになりたいが、そのためにどうしたらいいのか教えてほしいというニュアンスの言葉も添えてありました。

後者と読み比べることによって、違いが一層浮き彫りになると思ったのです。後者は、現文科省視学官による本です。どういうわけか(?)、ここ数か月は教育書ではナンバー・ワンと言えるほどの売れ行きです。その理由も、ぜひ解明していただきたいと思います。
しかし、購入することはお薦めしません。図書館等にリクエストを出すなど、他の方法を考えてください。(売れる本が、いい本/読むべき本ではないことの、典型例です!★)

前者の代わりに(あるいは、いっしょに)、『「考える力」はこうしてつける』ジェニ・ウィルソン他著、新評論、ないし『「学びの責任」は誰にあるのか』ダグラス・フィッシャー他著、新評論という選択肢もあります。

冬休みの間の読書にピッタリかもしれません。
読まれたら(一冊でも)、ぜひ感想を下のコメント欄かpro.workshop@gmail.com宛にお願いします。
フィードバックすることを前提に読むのと、そうでないのでは、読めるものがだいぶ違います。もちろん、フィードバックすると、それに対する反応も戻ってきますから、二重に得します!


★ これは、比べ読みの第1弾として紹介した
  http://projectbetterschool.blogspot.jp/2016/02/blog-post.htmlと酷似していると言えるかもしれません。


2017年12月17日日曜日

(前回紹介した)日経の記事を読んで思ったこと

調査を中心に動かしているのは新井紀子さんです。この前までは、「AIロボットは東大に合格できるか」というようなプロジェクトをしていました。(それが終わったから、あるいはその延長線上に、今回のプロジェクトがあるようです。)
数学者が、国語の読みにまで手を出してきていいのかな・・・などと思っていたところ、そういう自分も、都市計画の人間が、教育のあらゆる分野に興味をもって情報発信しているのですから、「自由」だろうと、一度は封印しました。
そういう中で、今回は日経の、それも論説委員長が書いていたので、見逃せなくなってしまったのです。
前回の記事について、いろいろ書けることはありますが、一点に絞ります。★
枠組みとして「教科書をカバーして、テストで評価する」を続けることは、基本的に、誰にとっても負け戦が続くだけだ、ということです。★★
読むこと、書くこと、そして学ぶこと、教えることが、楽しくなるはずがありませんから。誰にとっても「苦役」が続くだけです。
苦役を通して学べるものには、どんなものがあるでしょうか?
読む力をつけたいのであれば、テストが正解を得られる力ではなく、選書能力から出発する読書のサイクルこそを身につけられる教え方・学び方に転換しないと、無駄な時間を過ごすだけです。
その意味で、今回のプロジェクト自体、最初のボタンを掛け違えてしまっているのです!
この記事を書かれた方(日経の論説委員長、東京新聞の記者や湯浅誠さんも!)、今回の読む力の向上プロジェクトにかかわっている研究チームのメンバーの方々、その研究に協力している教育委員会の指導主事や学校関係者の方々、そして記事に興味をもった方々にはhttp://wwletter.blogspot.jp/2012/01/blog-post_28.html  のサイクルの大切さを認識していただきたいと思います。
ジャーナリストも研究者も、そして多くの職種に就いている方々も、これらのサイクルを回して仕事をしているはずなので、理解しやすいと思います。
そして、どういう状況でよく学べるかというと、私たちがイメージする教師が教壇に立って、座っている多数の生徒たちを相手に教科書を使った授業をすることではありません。http://wwletter.blogspot.jp/2010/05/ww.html で説明されているような要因がそろっている教室でこそ、よく学べます。(ここに説明されているのは、「書くこと」ですが、それは「読むこと」に換えられるだけでなく、「算数・数学の問題を解くこと」「理科や社会で探究すること」など、すべての教科に換えられます。)
これだけでは、イメージがつきにくいようであれば、NHKの人気番組「奇跡のレッスン」にたとえると分かりやすいと思います。日本人の部活の指導者も、海外から招へいした最強コーチも、同じスポーツ(や料理や踊り等)を指導しています。しかし、彼らがいる間につくられる「学びの空間」や「関係の空間」はだいぶ違っているのです。
最強コーチによってつくられる空間が、教室の中でつくり出せるのです。
それによってしか、読むことや書くことや考えることや学ぶこと等を好きになり、かつ読む力、書く力、考える力、学ぶ力をつけていくことは難しいを通り越して、不可能だと思います。
もう少し知りたいと思っていただけたら、https://sites.google.com/site/writingworkshopjp/teachers/osusume  のリストの中から、「これは、面白そう」と思えたものを読んでいただければ幸いです。
そこには、通常の学び(教科書とテスト)の世界とはだいぶ違った世界があります。
★ 従って、記事で紹介されているテスト問題自体の問題や、研究者やマスコミ関係者がしてしまっていいことやまずいことの問題(こういうのは倫理的な問題?)や、クリティカルな思考の大切さ等については一切触れません。
★★ こう書いている私自身が、その産物でした! 大学院を卒業して30近くになるまで、書けませんでした(なんと、ワープロが救ってくれました!)し、読めませんでした(強制されて読むものから解放されることで、読み方をはじめて学びだしました!)。

2017年12月10日日曜日

AI時代、読む力を養え


今日は、上記の新聞記事を紹介し、その感想・コメントを募集します。
何でも、感じたこと、いいと思ったこと、おかしいと思ったこと、疑問・質問などを
pro.workshop@gmail.com にお送っていただくか、下のコメント欄にお書きください。お願いします。

タイトルは、上のとおりです。
書いたのは、日経の論説委員長の原田亮介さん。
サブタイトルは、「無償化より教育の質向上」

私が読んだのは、
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24153540R01C17A2TCR000/
(核心 2017/12/4 2:30 日本経済新聞 電子版)です。

 先の総選挙をはさんで政府が実現に動いている教育の無償化には、疑問点が多い。貧しい世帯の学ぶ機会の確保をいうなら、経済力のある家庭までタダにする必要はなく、待機児童対策にお金を回した方が有益だろう。
 政府の「人生100年時代構想会議」という看板が泣く。人生100年というなら、人工知能(AI)に代替されるのでなく使う側の人材をどう育てるか考えたらどうか。
 「最初のテストで子どもたちの5割くらいしか正答できない問題があって、がくぜんとしました」。埼玉県戸田市教育委員会の渡部剛士教育政策室長はこう振り返る。
 同市の教育目標の一つは「すべての生徒が中学校卒業段階で教科書を正しく読めるようにする」。簡単にみえて「全員」が「正しく読める」のは難しい。最新の学力調査で戸田市が小中とも県内ほぼトップの成績であってもだ。
 教科書を正しく読む力がないと自学自習ができない。大学生や社会人になって、新しい能力を獲得したり、能力を高めたりする土台がない。それではAIに負けない人材にはなれないだろう。
 戸田市の小中生が受けたのはリーディング・スキル(RS)テストである。RSは教科書や新聞、契約書などを正確に迅速に読み取る能力のことだ。例をあげよう。
 【問題1】
 左記の文を読みなさい。
 幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。
 右記の文が表す内容と左記の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。
 1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。
 答えは「異なる」だが、全国平均の正答率は中学生で57%、高校生でも71%だ。受け身形を見逃すと間違える。
 【問題2】
 左記の文を読みなさい。
 Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。
 この文脈において、左記の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
 Alexandraの愛称は(  )である。
 (1)Alex(2)Alexander(3)男性(4)女性
 答えは(1)。正答率は中学生38%、高校生65%だった。愛称を聞く質問なのに、性別を答える勘違いが意外に多い。
 【問題3】
 もっと正答率が低いのが、図に掲げたメジャーリーグ選手の出身国の問題だ。正答率は中学生でわずか12%、高校生でも28%だ。集合の内数になじみがないのだろうか。
 「7~8割正答できないと、これからホワイトカラーとして働くには厳しいだろう」。こう話すのは国立情報学研究所の新井紀子教授だ。「2021年には18歳人口もがくっと減る。企業社会の実務を担うボリュームゾーンが瓦解すると影響は大きい」
 他の学者や企業、学校などと組んでRSを研究してきた。テストは今年夏までに、全国で中高生ら2万5千人以上が受けた。
 新井教授は、東大入試を突破するのを目標に人工知能の「東ロボくん」を開発したことで知られる。東ロボくんは16年度のセンター試験模試で偏差値57.1を獲得し、私立大の88%で合格する可能性が80%以上という判定だった。
 それでも非定型的な仕事では文意を読み取る人間にかなわない。「読む力を測り、向上させる」。それがRSテストを開発した目的なのだ。
 これまでの分析でテストの結果の良しあしは、高校では入試偏差値と強い相関関係がみられるという。中学生など年が若いうちに読解力をつける努力をすると、正答率も向上することがわかった。
 予算の確保など課題は多いが、新井教授は「全国の中学1年全員に受けてもらい、弱点を見つけ出し、読む力を向上させたい」と意気込んでいる。大学や会社などが、就職指導や入社試験などに採用することも考えられるという。
 冒頭に紹介した戸田市では12の小学校、6つの中学校に勤める教師の4分の1がボランティアで集まり、RSの問題づくりや対策を練っている。「今まで、日本語を正しく読み取れないことと学力とを結びつけて考えていなかった」(新井宏和指導主事)
 指導法も変わってきた。問題文を音読して文意を考えさせる、図を描くよう指導する、省略された主語を考えさせるといった試みが続く。普段の学力向上にもつながるとの手応えも感じ始めている。
 教育現場では新指導要領でプログラミングなど新しい授業も始まり、RSが入り込む余地は小さいように見える。それでいいのだろうか。
 学歴社会の変遷に詳しい、関西大東京センター長の竹内洋氏は「必要な知識や技能が不足しているのが大半(の学生)なのに、『古い学力はいらない』というような議論が幅をきかせ、それに迎合する風潮がある。教育ポピュリズムを警戒すべきだ」という。
 19世紀初頭の英国では機織りに自動機械が導入され、職を失った労働者が機械を打ち壊す「ラッダイト運動」が起こった。米国でいま深刻な社会の分裂が広がるのも、IT(情報技術)の普及でホワイトカラーの雇用が揺らいでいる影響が大きいといわれる。
 AI時代の到来によって、日本も同じ道をたどる恐れがある。社会の安定を保つには、教育の質を高めることが、遠回りに見えて一番の早道ではないだろうか。