2012年1月29日日曜日

学校評価 その2

先週に引き続いて、22年度の市教委学校訪問の際に私が「学校評価」に基づいた改善策を述べたくだりを引用します。



2 授業改善について




授業に関しても、「教師が一方的に話をする」従来型の授業から「生徒の発言、互いの学びあい」に耳を傾ける授業へと転換することが求められています。残念ながら、本校の授業レベルはまだまだ改善の余地のあるレベルです。授業時間中に校内を歩いていて、いつも感じていることですが、相変わらず、教師が一人でしゃべり続けている授業、生徒の主体的な活動がほとんど見られない授業、1時間の授業のねらいがはっきりしない授業など、改善の余地のある授業が多く見られます。本日の教科部会の中では、ぜひ指導主事の先生方には授業の改善点をはっきりとご指摘いただき、質の向上につながる大切な機会にできればと思います。


先日も、私の知り合いの大学の先生に2日間に渡って授業を見てもらいましたが、私と同じような受け止め方をされておりました。実態が把握できたところで、目指すべき方向性が定まったわけですから、私自身決してこの事実を悲観的に捉えてはおりません。一挙に望ましい状態に持っていくのには無理がありますから、本校の実態に合わせた戦略を立てる必要があると考えています。


その方策の一つとして、職員一人ひとりの能力・意欲に合わせて、校長と副校長が協働しながら、職員への個別のアドバイスを行いたいと考えております。本校の規模であれば十分にそれは可能です。


年に数回の校内研修ではおそらく何も変わりません。先生方は年間に700~800時間の授業をやっているわけですから、そのうちの2~3時間を見て、アドバイスをしてみても、それで何かが変わると考えるほうが不思議だと思っています。


むしろ、教材開発、単元開発のほうが教員の力量形成には重要であると考えます。今年はこの教材開発に関しては、単発の勉強会程度で終わってしまうと思いますが、次年度以降は手法や対象者等も十分に吟味して実施したいと考えています。


そこで、今年度は特に、行動規準表の「意欲・態度」の欄に書かれた職員それぞれの自己目標をフォローして、その目標管理をサポートすることをやってみたいと考えています。行動規準表をある種の「自己研修計画」と捉え、あくまで研修の主体は教員自身というところが重要なのです。このやり方は教職員評価と研修という、一石二鳥の取組になると思います。忙しいときは、お互いにメールのやり取りでもいいと考えています。


さて、多くの先生方はちょっとしたアドバイスを与えれば、自分でさらに深めることができたり、自己研修が可能であったり、という人たちばかりです。研修の主役は自分たちなのだという意識を職員全員が持たせることが重要なのです。このレベルの人たちには、「こんなことやってみたら」とか「こんなこと知っていますか」という問いかけが有効です。「〜しなさい」の指示では逆に意欲をそぐことにもなりかねません。


問題は10%~20%くらいの「ほうっておくと何もしない」あるいは「できない」人たちをどうフォローしていくかということです。


これには相当な時間とエネルギーが必要です。その人の年齢やこれまでの経歴などを参考に個別に考えなくてはならないケースです。このタイプの人たちには、「〜しなさい」という指示が有効です。ただ、問題のある教員として排除の論理であたるのではなく、少しでも仕事への意欲が高まるような指導を心がけたいと思います。




さて、先へ進みます。


「道徳授業の指導の充実」も、「道徳の時間の確保」などと言っている時代ではありません。いかに、生徒の心に響く授業を仕組んでいくか、ここがポイントです。


20,30代の職員を中心に、時には、校長自身が授業を行ったり、指導案づくりや教材開発に一緒に参加したりするなどして、「授業づくりのポイント」を示すことが大切であると考えております。


近々、道徳ではありませんが、3年生の各学級を対象に「対等な人間関係」というテーマで、最近話題になっている「デートDV」という事実にもふれるような学級活動を私がやることになっています。これは生徒とのふれあいという目的もさることながら、職員への校内研修であると私自身は捉えております。


人はそう簡単に変わるものではありませんが、そのきっかけとなるチャンスはあると思います。そんな淡い期待も込めながら、教室の授業に関わっていきたいと思います。


校長が授業やカリキュラムにかかわることに、そこまででしゃばらなくてもいいと考える校長も多いとは思いますが、私はカリキュラムや授業は学校の生命線であると考えておりますので、ここは譲れないところです。


昔の校長は校長室にいればよかったのですが、時代は変わりました。学校全体の学びの先頭に立つぐらいの気概がこれからの公立学校の校長には要求されると思っております。


そのために、教育関係の情報には校内のだれよりも精通し、校長自身が学び続けていることが大切です。これがないといくら「学びの共同体」などと口先で言ってみても、だれもついてきません。


若手には学習指導・生徒指導で役に立つ書籍や資料の紹介をし、時には宿題を出すことも必要だと思います。また、ベテランには、たぶんこれまでその人が見向きもしなかったような情報を提供したり、本を紹介したりすることで、刺激を与え、本人の知的好奇心に火をつけるような、そんなかかわり方が校長には求められていると常々感じており、自分の能力の範囲で、そのような日々の実践を心がけでいるところであります。




このように「生徒も教師も学べる学校づくり」が共通のビジョンとして定着したときに初めて「学びの共同体」という一体感あふれる、生き生きとした学校が実現するものと思います。


さらにその先の目指すものは、地域協議会を核とした「保護者・地域住民」など、大人が学べるしくみ作りであります。これによって「コミュニティスクール」が現実のものになると考えます。幸いにして、本地区は小中学校PTAも緊密な連携を取りながらPTA主体の様々な行事を実施し、地域の方々も学校の活動に協力を惜しまない地域でありますので、校長として、これら組織との連携・協力を積極的に推進する体制を整えて参りたいと思います。




学校経営方針の具体策で、「生徒理解の充実」がありますが、これも今後の重点になる項目であると考えます。学校経営の方針の二番目でも、「生徒理解」を項目として取り上げておりますが、教師の仕事の基本の一つはこの「生徒理解」であると思います。さきほども述べましたが、職員との面談のなかで「生徒指導上の大きな問題がないので、それに甘えている部分がある」という問題点が浮かび上がりました。これまでは、生徒をよく見ていなくてもたいした問題が起きなかったのかもしれませんが、「生徒理解」が教師の仕事の大半を占めるといってもよいと思います。そのためには日ごろの観察、生徒の話に耳を傾ける姿勢など様々な要素がありますが、スタンダードノート等を利用した日記指導も有効な手法であります。本校においても、各学年数名の不登校生徒もしくはその傾向にある生徒がおります。その生徒たちにも学校が居がいのある場所、自分の心が落ち着く場所となるように、教育相談からのアプローチも大切にしていきたいと思います。


本校は運動部活動が盛んな学校でありますから、運動の苦手な生徒にとっては自分の居場所がないことにもなりかねません。


そのような生徒にも、この学校でよかったと思えるようなしかけが必要だと感じています。この点については、今後担当職員とも協議しながら、具体策を講じていきたいと考えているところであります。


最後に、本校には生徒指導部を中心に作成した「スタンダード」があります。これは人としてぜひ身につけてほしいという事項、たとえば、「あいさつをしよう」「身の回りを整理整頓しよう」など35項目にわたる中学生としての行動規範があります。これも、「守らされている」「やらされている」というレベルでは決して本物ではありません。何事も、自分自身が主役、主体でなければ「いきいき」とは生活できません。


「主体となる」いわゆる「オーナーシップ」が重要であると考えます。そのためには生徒会活動、学校行事あるいは学級活動という特別活動に力点を置きながら、道徳や各教科とも連携を図りながら学校づくりを進めたいと思います。


この「オーナーシップ」は実は職員にも言えることであります。


校長から言われたからやるのではなく、「自分が必要だと思ったからやる」「みんなのためになるからやる」というレベルになってこそ学校という組織の強みが出てくるものと思います。そこで、50代のベテランの先生方に、どう意欲をもって仕事をしてもらうかということも経営上の大きなポイントであります。


定年まであと数年しかないという職員にとって、新たな試みに挑戦したり、組織として動いたりすることは時に苦痛であると思います。しかし、ベテラン職員は実はさまざまなことに気づいています。


その気づきをこちらが受け止めて「ぜひこのようにやってください」と頼めば、たいていはそのように仕事をしてくれます。そして、やってくれたことを正当に評価すればだれも悪い気はしません。


ちょっとくせのあると言われてきた職員も「私はあなたの力を十分に認めていますよ」という姿勢をこちらが忘れなければ、実に生き生きと、時には若手の見本となるような働きをしてくれます。これから十年くらいはこのような超ベテランが意欲をもって仕事ができるような学校づくりが求められます。


 


同時に20,30代の若手、中堅をどう育てていくのか、これは実に大きな課題であります。本校におきましても、4~5人の20,30代でありますが、この若手を対象に年齢の比較的近いメンターをつけて、日ごろの仕事のなかで互いに学べるような環境を作っていきたいと思います。


以上、大まかではありますが、本校の課題と今後の取組について説明申し上げました。今後とも、ここにおいでの皆様のご支援ご鞭撻をお願いして、説明を終わらせていただきます。




(引用 終わり)




その後、1年が経過したのですが、改善が進んだ部分は「授業改善に対する意欲の向上」でした。


また、職員相互の学び合いも機会が増え、意欲も高くなったと思います。




ただ、職場における「オーナーシップ」に関してはまだ不十分ですし、人任せのところがあります。


現状に満足せず、校長が学びの先頭に立って経営を進めたいと思います。


2012年1月22日日曜日

学校評価(その1)

もう今年の学校評価の結果がまとまりつつあります。


そこで、昨年度の市教委の訪問の折に私が説明した「前年度の学校評価」を今回のテーマにします。


1 前年度の学校評価について


前年度の学校評価の結果を「評価書」に基づいて、説明します。


まず、「教育全体の状況」ですが、「学校は活気があり、明るくいきいきした雰囲気である」という問いに対して、82%の生徒が肯定的回答を寄せており、前年に比較して12ポイント上昇しているとの結果になりました。


これは学級・学年・学校が一体となる学校行事などを中心とする取組が多くの生徒に対して感動体験の機会を提供しているものと思います。また、教師の熱心な指導や秩序ある学校生活についても、前年に比較して肯定的な回答が増え、取組の成果が上がっている様子がうかがえます。


ただ、授業については、わかりやすさという点で、否定的な回答を寄せた生徒が20%いるという事実を看過してはならないと思います。この点に関しては、のちほどまたふれたいと思います。


このことと関連して、5ページの「生徒は授業に対して積極的に取り組んでいる」という質問に対しては、教職員の肯定的回答が57%と、最も低い数値がここで出てきたことにやはり注目しなければならないと思います。「生徒が意欲的でない」というのは裏返せば、「興味関心の持てる授業ではない」という事実を暗に示しているのではないかと思うからです。


「学ばないのは生徒がわるい」「せっかく教えてやったのに忘れてしまったのは生徒の責任」ではプロの教師としては失格です。


「生徒が意欲の持てる授業」を作ること、このことがわれわれ教師の最大の職務ではないかと考えます。ただ、教科書に記載されていることがらを細大漏らさず取り上げることが教師の職務ではなく、いかに教科書も含めた資料をうまく使いながら、学習指導要領に示された学習内容を子供たちに定着させていくか、ここに大きなポイントがあります。この授業改善の取組は何にも優先させるべき重要事項であると考えます。


また、教職員の資質向上への取組は保護者へは十分に理解されておらず、この点のPRも今後忘れてはならない点であると考えます。


次に4ページ目の「健康・体力」でありますが、食育や健康・安全な生活への指導という点ではまだ不十分であると思われますので、保健体育の授業や学級活動等の時間を活用して、食生活を大切にし、自分の健康・成長に目配りできるような指導を充実させたいと思います。


評価項目全体を通して、おおむね良好に教育活動が進められている状況が見られますが、いくつかの点について今年度は改善を図りたいと考えております。



今年度の学校経営の方針、重点目標については前年度の評価から「拡充」の方向が示されましたので、同じ内容とし、具体的な取組で一部内容の修正・変更を行いました。


重点目標の中の、「学校運営」においては、「いきいきと主体的に取り組む生徒の育成」を昨年度に引き続き目標としました。この文言のなかで、特に「主体的に」がポイントです。そのための具体策は後ほど説明いたします。これは学習指導、生徒指導どちらにも関係するキーワードです。


1ページ下の具体的取組では、「学校行事を通した感動体験」をさらに前年度にも増して重視し、感性豊かな生徒の育成に努めたいと思います。


次に重点の取組でありますが、「会議の効率化を図った」という文言を新たに追加しました。「無駄な時間はなくす」という視点で、会議の効率的な運営に配慮しています。朝の打ち合わせ、職員会議資料もすべて、個人に貸与されているパソコンを利用し、むだを省く取組を継続中です。


職員会議も1時間以内に終了するように事前の校務運営委員会での内容検討が大切になってきます。ある問題に対する解決策を職員会議の場で、全員で協議するから時間が長引きます。解決策は担当者レベルで考え、それに対する意見をもらうことが重要だと思います。係提案が不十分であれば、再度係が検討し、プランを再提出すればよいことになります。


次に、「学校の公開や情報の積極的な発信・提供が行われ、地域の学校づくりが進められている」という項目の学校公開については、PR活動を強化したいと考え、PRパンフレットを地区市民センターで配布したり、ホームページ活用を推進したりしているところです。



「学校全体で教職員一人ひとりの指導力向上に努めているか」という項目では「専門職」という文言を加えました。


昨年の反省にもありましたが、授業改善は今年度の課題の一つであります。今月実施した職員との面談の中でも、「生徒指導上の大きな問題がないので、それに甘えている部分がある」「生徒の力を十分に引き出せていない」などの問題点が浮かび上がってきました。


この問題点を克服していくためには、「専門職」として自分を厳しく律する部分が大切であると思いますし、職員は単なる「仲良しクラブ」であってはいけないと考えます。


提出物の期限を守れない、時間を守れない、そのような教師が生徒に様々な要求をしてみても、それは人としておかしな話であると私は捉えています。


「あたたかいけれども、厳しい」このような職場が私の理想とする職場であります。「あたたかさ」だけでは、それはいつしか「ぬるま湯」になります。すべて馴れ合いの世界で、下手をすると、まじめにやる人間が馬鹿を見ることにもなりかねません。


逆に厳しさだけでも、冷え冷えとした職場になってしまいます。お互いに自分の領域だけをしっかりと守り、余計なことは一切やらないという雰囲気になります。それがさらに進めば、「ぎすぎすした」心の落ち着かない、何とも寒々とした職場になってしまいます。


「あたたかさの中の厳しさ」これによって、本当にその職場の構成員が「互いに生き生き」と仕事のできる職場になるものと思います。 


そのためには、ある程度のマナーの共有が必要です。よく会議の場で異論や反論があってもその場では意見を言わず、後で批判的なことを陰で言って、それが当人の耳に入り、不信感を招くというようなことがあります。やはり本人に直接言う、そんな当たり前のマナーが大切です。


2012年1月16日月曜日

これまでの振り返り

1) 2006年の夏に、アメリカ・ジョージア州のPLCを実践している中等学校を訪ねた時の最初のプレゼンで見せてくれた動画(http://www.youtube.com/watch?v=PHpr0fPW5WQ&feature=related)を見つけましたので共有します。
  PLCを実践するということは、まさに「乗客を乗せた飛行中の飛行機を修理するようなもの」だというのです。こういうユーモアも大切なのですが、日本の学校にこういう視点は大分欠けている気がします。

2) 通知表についてのやりとりをお二人の読者としましたので、通知表のコメント欄をぜひご覧ください
  「たかが通知表ですが、されど通知表です。」基本的には、教師のほぼ全員がこの執筆に関わりますから、その関わり方を変えることで、教師たちの学びが変わり、結果的に生徒たちの学びを変える可能性は持っています。でも、「不易」に引っ張られると、単なるこなす仕事として位置づけられるだけですから、誰にとっても学びは極めて少量しか得られません。すでにわかっていることを記号化/文章化する程度の。
★ なお、このコメント欄には通知表とは関係ない教員研修事業の捉え方についてのやりとりも含まれていますので、参考になると思います。

3) 各学校が学校評価の結果を公表しているのと同じように、各教育委員会も同じものを「説明責任」の一環として公表しています。
 朝日新聞の1月1日号の1ページ目で紹介された大分県姫島(50年以上も村長選が行われていない村として紹介された)のことをもっとしろうとネット検索をしたら、村のサイトの左下に「教育に関する点検及び評価」があります。せっかく他のことでは、いくつか革新的なことをしているこの村も、これに関しては「全国に右へ倣え」方式を取っているようです。従って、教育の質が向上すると思えません。
 ついでに、わがまちのも見てみました
 項目の19、21、49,50,51あたりが大事だと思いますが、こういう評価の仕方で前進すると思われますか?
 項目23のキャリア教育の一環で行われている職場体験は、A評価が与えられてしまっていますから、体験させられる生徒や生徒を受け入れている側に不満はあっても、何も改善することはなく、教師たちは「お決まりのパターン」(=教師も、生徒たちも主体的に取り組んでいないので、学ぶことが最低限の事業。うちでも「ちゃんとやっています」という結果を残すだけの事業)をこなすだけ、が続きます。
 やり方を変えれば、いくらでも学びを生み出す方法はあるのにA評価を与えてしまうことが、それを阻んでいます。

2012年1月8日日曜日

学力テスト

学力テスト







PISA調査の結果から、「学力向上策」がさまざまな場面で語られるようになってかなりの時間が経過しました。




「週刊教育資料」によると、各県の議会においてこの問題が取り上げられている様子がわかります。ある県の議会での質問は次のようなものです。




「本県では、全国調査の厳しい結果を受け、小中学生の学力、体力の向上に向け、全国水準を目標とする緊急プラン、アクションプランを策定し対策をスタートさせた。・・・」







数年前の悉皆調査のときに、その結果がデータの一つとして、全国都道府県の順位という形で発表されました。これによって、中位以下の県は早急な対応に追われたことと思います。







私の勤務する学校がある自治体では、毎年、市独自の調査が実施され、年度末にはその結果を受けて、次年度の学校としての対応をホームページ上で公開することが義務付けられています。




ただ、これも学校評価のところですでに述べたように、年数を経ていくごとに、形式的なものになっています。テスト結果を分析することは簡単ですが、それを具体的に改善していくのはなかなか思うようにはいきません。




学校ごとにテストの正解率が公表されていますから、丹念にすべての学校の調査結果を調べていくと、そのテストでわかる範囲の学力の序列化はいとも簡単です。正解率が低い学校はさまざまな要因があって、そのようになっていると思いますが、保護者や地域住民はその物差しだけをもって学校の良し悪しを判断するところもあります。







以前に勤務した学校では指導法改善がかなり進んでも、なかなかこのテスト結果に反映されないということも経験しました。家庭学習の習慣化や保護者の関心の度合いなど、さまざまな要因があります。




所詮、現在の学力テストはペーパーテストなので、そこで測ることのできる学力は限定されたものです。したがって、もっと結果に関してはおおらかに受け止めてほしいものだと常々思います。







中学校の場合、どうしても高校受験という出口で評価されることになります。




私の住む県では、いまだに「県立志向」が強いので、どこの県立高校に何人、あるいはどのくらいの割合の生徒が合格したのかが、人々の話題になります。




そして、有名大学へ多くの合格者を送り込むのは男子校・女子校の男女別学の県立高校です。そのトップクラスの高校に入ることが一種のステータス化していた時期があまりにも長いので人々の意識がなかなか変わらないのだと思います。(時代はもっと先に行っているのに、といつも思います)




学力テストを利用してPDCAサイクルで指導法改善に努めるのも結構だと思いますが、それよりは子ども自身が自分の学習状況を自己評価できるような日々の取組のほうがはるかに大切だと考えています。そして、習得状況のよくない子どもが自分に不足している部分の学力を上げていくために、それを補充できるような機会を保障していくことが必要だと思います。




ただ、中学校では放課後には部活動があるので、その時間をどう作り出せばよいのかが難しいところです。現在勤務する学校では、月曜日を部活動休みの日としていますので、23年度から月曜日を「家庭学習の日」としてキャンペーンし、家庭学習のできるような学習教材を各学年で用意しています。これで、どのくらい家庭での学習時間が伸びたのか、12月の市の調査に付随している生活アンケート調査ではっきりすると思います。







また、習得状況のよくない子どもたちへの学力補充という観点から、コンピュータなどのIT機器をうまく活用していく方法をもっと本気になって考えていきたいと思います。

2012年1月5日木曜日

通知表 (=不易?)

新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

 今年の抱負は、このブログ=メルマガを1年間続けることです。
 ぜひ一人でも多くの方の参加をお願いします。(参加があると、その分中身は確実によくなります。学校や組織単位のPLCも同じです。その例として、もう一つのブログのコメント欄をご覧ください。)

 あなたの今年の抱負は何ですか?

 昨年末の学校評価から引き続き「評価」について考えています。

 学校で使われている通知表を集めています。
 ★協力してくださる方は、ぜひpro.workshop@gmail.comへ送ってください。★
 もちろん、誰かについて書かれる前の、項目のみがわかるもので結構です。

 通知表に対しては、以下のような質問が浮かびました。
 答えていただいても結構ですし、他に質問を考えていただいても結構です。
 (ぜひ、下のコメント欄かpro.workshop@gmail.comにお願いします)

1) 通知表を書くために、先生たちはどのくらいの時間をかけていますか?
 1学期にクラス全員に費やす時間は?(教師によって様々だと思うのですが、平均で。)
 管理職は、どのくらいの時間を費やしていますか?

2) 中高では、小学校と違い、各教科の記号や数字が担任に渡され、担任はそれらを記入すると同時に、学級や行動の部分などの評価も書いて、最後に総合的な所見を書くという感じでしょうか?

3) いま使われている通知表は、私たちが小学生時代からもらっていた通知表とほとんど変わっていないと思いますが、その効果が証明されているからでしょうか? それとも、それ以外に考えられないから(=単なる習慣?)でしょうか? 通知表が、自分の学びを促進するのに貢献したという経験を私たちはもっているでしょうか? 

4) そもそも、通知表はいったい何のために存在するのでしょうか?

5) 通知表が存在することのプラス面とマイナス面をリストアップすると、それぞれどんな項目があがるでしょうか?

6) それを書いている先生たちは、それを受け取る生徒や親にいったい何を期待しているのでしょうか? それとも、何も期待していないでしょうか? 期待するものがあったとしたら、いまのままでそれが伝わるでしょうか?

7) ある意味では、学校評価と同じことがこの通知表(対生徒の評価)にも言えてしまうと思いませんか?

8) 「生徒を巻き込んだ評価」は、可能だと思われませんか? すでに実践されていますか? 「親を巻き込んだ評価」は?