2017年12月31日日曜日

読み比べ

    先週の「読み比べ」で紹介された本についてコメントします。
   
まず、文部科学省の澤井視学官の書いた『授業の見方』(東洋館出版社)でした。

「主体的・対話的で「深い学び」の授業実践」というサブタイトルがついています。授業改善のための授業の見方を考えると言うのが、その趣旨のようです。新学習指導要領の内容をベースに説明がなされています。この本を全国の多くの教師たちが読むことでしょう。その影響は決して小さくありません。

 そのような本ですから、その内容に関して、今一度考えるべきことはないのか、しばらく内容を反芻してみました。その結果、次のような思いに突き当たりました。
     
   この本の根底には、「子供は教え導くべき存在である」「子供の能力には限界がある」「予定調和的に教えるのが学校の授業である」という見方があるように思えてなりません。「大人がいつでもリードしてあげなければ、子供は学ぶことができない存在」、そのようにも思えます。

以前、ここでも紹介した『イギリス教育の未来を拓く小学校』マンディ・スワン他(大修館書店2015)の「限界なき学び」という、子供の可能性を信じて、その学びを創造していくやり方とは対極にあります。

同書の「子どもたちの声を聴く」には、次のような一節があります。
     

教師たちが発展させようとしていた活動としては、子どもの声を聴き、アイデアや、考え方、感情などを汲み取ろうとするというものがあったのですが、そこで汲み取ろうとしていたものは、学習に関することだけではなく、学校生活全般に関することでした。
(中略) 子どもの関与は、あらかじめ決められている活動や構造に限定するべきではなく、教師によって計画される(学習の)全体構造に及ばせることが重要であると主張しています。
 

この考え方は、「ここまで」と枠を決めて、その中で予定調和的に、スマートにやろうという、わが国の学習指導要領中心の学びとどちらが魅力的か、考えるまでもありません。

また、同書の127ページには、次のような一文もあります。
      
 ロックザム校における成長の基礎をなすものとは、「本質的に有能な人間」としてすべての子どもたちを信頼することであり、その信頼に基づいて学級の人間関係を再建することが潜在的に変容可能であり、能力で判定することによって作り上げられる限界から教師と子どもたちを解放するのだという意識でした。
     

そして、もう一つ。

子どもの可能性をそれほど信用も信頼もせず、固定的なものの見方で指導するやり方から、ロックザム校のような実践にいきなり行くのは、難しいと思います。

そこで、その橋渡しをしてくれる方法が、『「学びの責任」は誰にあるのか』(吉田新一郎訳、新評論)で紹介された「責任の移行モデル」だと思います。この本には、次のような4段階の学びが紹介されていました。
     

①教師が焦点を絞った講義をしたり、見本を示したりする。(焦点を絞った指導)

②教師がサポートしながら生徒たちは練習する。(教師がガイドする指導)

③生徒たちが協力しながら問題解決や話し合いをする。(協働学習)

④生徒は個別に自分が分かっていることやできることを示す。(個別学習)
     

この4段階を通して、子供たち一人ひとりが自立した学び手に成長することで、限界なき学びも当たり前のように、視野に入ってくるのだと思います。③と④は間違いなくこれからの教育で求められるものだと思いますが、いきなりそこには行けません。①から②へと、切れ目のない指導があって、初めて達成されるものであることを忘れてはならないでしょう。

また、これも以前ここで紹介された『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』(キャロル・トムリンソン著、北大路書房)も先ほどの「限界なき学び」と深いつながりがあります。

『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』の特徴として以前、次のような説明がありました。http://projectbetterschool.blogspot.jp/2017/07/blog-post_23.html
     

・何を(学習内容)、どう学ぶのか(学習方法)、そして学んだことをどのように証明するのか(=成果物)の3つで、生徒たちに選択肢が提供される教え方です。

・生徒たちが熱中して取り組め、意味を感じられ、そして興味が湧くものに対しては、よく学べるということを(そして、生徒たちすべてが同じものに熱中し、意味を感じ、興味が湧くわけではないことを)ベースにした教え方です。これも、上記の選択肢を提供することで、実現できます。

  ・クラス全体、小グループ、個人を対象にした学びが柔軟につくり出されます。

   ・常に臨機応変で、有機的で、ダイナミックな教え方です。
     

この中で、「生徒に選択肢が提供される」「臨機応変で、ダイナミックな教え方」は特に重要です。それは、「子供の関与を限定的に捉えない」という「限界なき学び」に通じるものです。このように考えると、『一人ひとりをいかす教室』と『限界なき学び』、そして『責任の移行モデル』はすべて有機的につながりあっており、それは「学びの原則」を踏まえた「学びの王道」とも言えるものです。


特に、経験の浅い教師の皆さんに、ぜひこの21世紀の教育の『王道』とも言える『「学びの責任」は誰にあるのか』『一人ひとりをいかす教室』を読み込んでもらい、日々の授業の中で実践を積んでいってほしいと切に思います。

2017年12月24日日曜日

比べ読みの第4弾


お薦めの本は、以下の2冊です。

・『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』キャロル・トムリンソン著、北大路書房
『授業の見方 ~「主体的・対話的で深い学び」の授業改善』澤井陽介著、東洋館出版

これらの2冊の比べ読みを思いついたのは、前者を「理解できない、読むのが大変」というコメントをもらったからです。あまりにも自分が慣れ親しんだ授業観、生徒観、教育観とは異なることが原因だそうで、投げ出すのではなく、どうにかして読めるようになりたいが、そのためにどうしたらいいのか教えてほしいというニュアンスの言葉も添えてありました。

後者と読み比べることによって、違いが一層浮き彫りになると思ったのです。後者は、現文科省視学官による本です。どういうわけか(?)、ここ数か月は教育書ではナンバー・ワンと言えるほどの売れ行きです。その理由も、ぜひ解明していただきたいと思います。
しかし、購入することはお薦めしません。図書館等にリクエストを出すなど、他の方法を考えてください。(売れる本が、いい本/読むべき本ではないことの、典型例です!★)

前者の代わりに(あるいは、いっしょに)、『「考える力」はこうしてつける』ジェニ・ウィルソン他著、新評論、ないし『「学びの責任」は誰にあるのか』ダグラス・フィッシャー他著、新評論という選択肢もあります。

冬休みの間の読書にピッタリかもしれません。
読まれたら(一冊でも)、ぜひ感想を下のコメント欄かpro.workshop@gmail.com宛にお願いします。
フィードバックすることを前提に読むのと、そうでないのでは、読めるものがだいぶ違います。もちろん、フィードバックすると、それに対する反応も戻ってきますから、二重に得します!


★ これは、比べ読みの第1弾として紹介した
  http://projectbetterschool.blogspot.jp/2016/02/blog-post.htmlと酷似していると言えるかもしれません。


2017年12月17日日曜日

(前回紹介した)日経の記事を読んで思ったこと

調査を中心に動かしているのは新井紀子さんです。この前までは、「AIロボットは東大に合格できるか」というようなプロジェクトをしていました。(それが終わったから、あるいはその延長線上に、今回のプロジェクトがあるようです。)
数学者が、国語の読みにまで手を出してきていいのかな・・・などと思っていたところ、そういう自分も、都市計画の人間が、教育のあらゆる分野に興味をもって情報発信しているのですから、「自由」だろうと、一度は封印しました。
そういう中で、今回は日経の、それも論説委員長が書いていたので、見逃せなくなってしまったのです。
前回の記事について、いろいろ書けることはありますが、一点に絞ります。★
枠組みとして「教科書をカバーして、テストで評価する」を続けることは、基本的に、誰にとっても負け戦が続くだけだ、ということです。★★
読むこと、書くこと、そして学ぶこと、教えることが、楽しくなるはずがありませんから。誰にとっても「苦役」が続くだけです。
苦役を通して学べるものには、どんなものがあるでしょうか?
読む力をつけたいのであれば、テストが正解を得られる力ではなく、選書能力から出発する読書のサイクルこそを身につけられる教え方・学び方に転換しないと、無駄な時間を過ごすだけです。
その意味で、今回のプロジェクト自体、最初のボタンを掛け違えてしまっているのです!
この記事を書かれた方(日経の論説委員長、東京新聞の記者や湯浅誠さんも!)、今回の読む力の向上プロジェクトにかかわっている研究チームのメンバーの方々、その研究に協力している教育委員会の指導主事や学校関係者の方々、そして記事に興味をもった方々にはhttp://wwletter.blogspot.jp/2012/01/blog-post_28.html  のサイクルの大切さを認識していただきたいと思います。
ジャーナリストも研究者も、そして多くの職種に就いている方々も、これらのサイクルを回して仕事をしているはずなので、理解しやすいと思います。
そして、どういう状況でよく学べるかというと、私たちがイメージする教師が教壇に立って、座っている多数の生徒たちを相手に教科書を使った授業をすることではありません。http://wwletter.blogspot.jp/2010/05/ww.html で説明されているような要因がそろっている教室でこそ、よく学べます。(ここに説明されているのは、「書くこと」ですが、それは「読むこと」に換えられるだけでなく、「算数・数学の問題を解くこと」「理科や社会で探究すること」など、すべての教科に換えられます。)
これだけでは、イメージがつきにくいようであれば、NHKの人気番組「奇跡のレッスン」にたとえると分かりやすいと思います。日本人の部活の指導者も、海外から招へいした最強コーチも、同じスポーツ(や料理や踊り等)を指導しています。しかし、彼らがいる間につくられる「学びの空間」や「関係の空間」はだいぶ違っているのです。
最強コーチによってつくられる空間が、教室の中でつくり出せるのです。
それによってしか、読むことや書くことや考えることや学ぶこと等を好きになり、かつ読む力、書く力、考える力、学ぶ力をつけていくことは難しいを通り越して、不可能だと思います。
もう少し知りたいと思っていただけたら、https://sites.google.com/site/writingworkshopjp/teachers/osusume  のリストの中から、「これは、面白そう」と思えたものを読んでいただければ幸いです。
そこには、通常の学び(教科書とテスト)の世界とはだいぶ違った世界があります。
★ 従って、記事で紹介されているテスト問題自体の問題や、研究者やマスコミ関係者がしてしまっていいことやまずいことの問題(こういうのは倫理的な問題?)や、クリティカルな思考の大切さ等については一切触れません。
★★ こう書いている私自身が、その産物でした! 大学院を卒業して30近くになるまで、書けませんでした(なんと、ワープロが救ってくれました!)し、読めませんでした(強制されて読むものから解放されることで、読み方をはじめて学びだしました!)。

2017年12月10日日曜日

AI時代、読む力を養え


今日は、上記の新聞記事を紹介し、その感想・コメントを募集します。
何でも、感じたこと、いいと思ったこと、おかしいと思ったこと、疑問・質問などを
pro.workshop@gmail.com にお送っていただくか、下のコメント欄にお書きください。お願いします。

タイトルは、上のとおりです。
書いたのは、日経の論説委員長の原田亮介さん。
サブタイトルは、「無償化より教育の質向上」

私が読んだのは、
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24153540R01C17A2TCR000/
(核心 2017/12/4 2:30 日本経済新聞 電子版)です。

 先の総選挙をはさんで政府が実現に動いている教育の無償化には、疑問点が多い。貧しい世帯の学ぶ機会の確保をいうなら、経済力のある家庭までタダにする必要はなく、待機児童対策にお金を回した方が有益だろう。
 政府の「人生100年時代構想会議」という看板が泣く。人生100年というなら、人工知能(AI)に代替されるのでなく使う側の人材をどう育てるか考えたらどうか。
 「最初のテストで子どもたちの5割くらいしか正答できない問題があって、がくぜんとしました」。埼玉県戸田市教育委員会の渡部剛士教育政策室長はこう振り返る。
 同市の教育目標の一つは「すべての生徒が中学校卒業段階で教科書を正しく読めるようにする」。簡単にみえて「全員」が「正しく読める」のは難しい。最新の学力調査で戸田市が小中とも県内ほぼトップの成績であってもだ。
 教科書を正しく読む力がないと自学自習ができない。大学生や社会人になって、新しい能力を獲得したり、能力を高めたりする土台がない。それではAIに負けない人材にはなれないだろう。
 戸田市の小中生が受けたのはリーディング・スキル(RS)テストである。RSは教科書や新聞、契約書などを正確に迅速に読み取る能力のことだ。例をあげよう。
 【問題1】
 左記の文を読みなさい。
 幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。
 右記の文が表す内容と左記の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。
 1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。
 答えは「異なる」だが、全国平均の正答率は中学生で57%、高校生でも71%だ。受け身形を見逃すと間違える。
 【問題2】
 左記の文を読みなさい。
 Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。
 この文脈において、左記の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
 Alexandraの愛称は(  )である。
 (1)Alex(2)Alexander(3)男性(4)女性
 答えは(1)。正答率は中学生38%、高校生65%だった。愛称を聞く質問なのに、性別を答える勘違いが意外に多い。
 【問題3】
 もっと正答率が低いのが、図に掲げたメジャーリーグ選手の出身国の問題だ。正答率は中学生でわずか12%、高校生でも28%だ。集合の内数になじみがないのだろうか。
 「7~8割正答できないと、これからホワイトカラーとして働くには厳しいだろう」。こう話すのは国立情報学研究所の新井紀子教授だ。「2021年には18歳人口もがくっと減る。企業社会の実務を担うボリュームゾーンが瓦解すると影響は大きい」
 他の学者や企業、学校などと組んでRSを研究してきた。テストは今年夏までに、全国で中高生ら2万5千人以上が受けた。
 新井教授は、東大入試を突破するのを目標に人工知能の「東ロボくん」を開発したことで知られる。東ロボくんは16年度のセンター試験模試で偏差値57.1を獲得し、私立大の88%で合格する可能性が80%以上という判定だった。
 それでも非定型的な仕事では文意を読み取る人間にかなわない。「読む力を測り、向上させる」。それがRSテストを開発した目的なのだ。
 これまでの分析でテストの結果の良しあしは、高校では入試偏差値と強い相関関係がみられるという。中学生など年が若いうちに読解力をつける努力をすると、正答率も向上することがわかった。
 予算の確保など課題は多いが、新井教授は「全国の中学1年全員に受けてもらい、弱点を見つけ出し、読む力を向上させたい」と意気込んでいる。大学や会社などが、就職指導や入社試験などに採用することも考えられるという。
 冒頭に紹介した戸田市では12の小学校、6つの中学校に勤める教師の4分の1がボランティアで集まり、RSの問題づくりや対策を練っている。「今まで、日本語を正しく読み取れないことと学力とを結びつけて考えていなかった」(新井宏和指導主事)
 指導法も変わってきた。問題文を音読して文意を考えさせる、図を描くよう指導する、省略された主語を考えさせるといった試みが続く。普段の学力向上にもつながるとの手応えも感じ始めている。
 教育現場では新指導要領でプログラミングなど新しい授業も始まり、RSが入り込む余地は小さいように見える。それでいいのだろうか。
 学歴社会の変遷に詳しい、関西大東京センター長の竹内洋氏は「必要な知識や技能が不足しているのが大半(の学生)なのに、『古い学力はいらない』というような議論が幅をきかせ、それに迎合する風潮がある。教育ポピュリズムを警戒すべきだ」という。
 19世紀初頭の英国では機織りに自動機械が導入され、職を失った労働者が機械を打ち壊す「ラッダイト運動」が起こった。米国でいま深刻な社会の分裂が広がるのも、IT(情報技術)の普及でホワイトカラーの雇用が揺らいでいる影響が大きいといわれる。
 AI時代の到来によって、日本も同じ道をたどる恐れがある。社会の安定を保つには、教育の質を高めることが、遠回りに見えて一番の早道ではないだろうか。


2017年12月3日日曜日

探究学習


 先日、理数教育の充実を図るために文部科学省からスーパーサイエンスハイスクールSSH★の指定を受けている学校を訪問する機会に恵まれ、「課題研究」に取り組む高校生の探究学習の様子を参観することができました。 

その高校では、2年生が物理、化学、生物、地学、数学の5分野に分かれ、それぞれ2~4人で構成されるグループで活動していました(数学は2人ずつのペアでした)。分野ごとのグループの数は、物理と生物、地学が3グループ、数学が2、化学は1でした。参加する生徒の興味関心によって、年度によって分野ごとのグループの数は変化するそうです。 

それぞれのグループでは、自分たちの研究課題・テーマの解決を目指して、協同しながら観察・実験・PCによる数値シミュレーションあるいは実験装置の作成・改良などに取り組んでいました。多くのグループが、試行錯誤しながら年度末に行われる研究発表会に向けて生き生きと活動しているという印象を受けました。 

課題研究に取り組んでいる高校生と助言・指導されている何人かの先生に、課題研究のポイントとなる「課題設定」をどのように行っているのか尋ねてみました。およそ以下のとおりでした。★★

1 生徒自身の興味関心、疑問、調べてみたいことを基本とする・尊重する。

2 これまでの先輩たちの課題研究をレビューしたり、1年生のときに参加した県内外の「SSH生徒研究発表会」や校内の「課題研究最終発表会」における他校や先輩の課題研究の内容を参考にする。★★★

3 興味関心が同じ・似たメンバーでペアあるいはグループをつくり、一人一人の興味関心や疑問、調べてみたいこと、観察・実験などを通して明らかにしたいことをいくつも出し合って、それらをもとにしてお互いが納得できるまで徹底的に話し合う。

4 1年間という限られた時間的制約の中で、課題解決の見通しがもてるものかどうかを吟味検討する。

5 4と関連することですが、間口を広げ過ぎて取り組むべき内容が多くなり過ぎないように、できる限り課題・テーマ・研究内容を絞り込む。 

 それぞれの担当の先生方は、指導しているというよりも「見守っている」といったスタンスで、グループが行き詰まってどうしようもなくなったときにアドバイスをしたり、参考になる情報を提供するということでした。 

また、自分たちの課題研究に関する情報収集や研究者からのアドバイスを得るために、関連の科学館・博物館や大学・研究機関に出かける行動力のあるグループも毎年いるそうです。 

 この課題研究に取り組んでいる高校生の学習状況は、『「学びの責任」は誰にあるのか』で詳しく紹介されている「責任の移行モデル」の第3段階:「協働学習」に相当するものだと思います。課題設定の3については、「質問づくり」『たった一つを変えるだけ』)のやり方に相当するものです。ただ「質問づくり」の方法を活用すれば、もっとスムーズに焦点化された課題・テーマにたどり着けるのではないかと感じました。 

 さらに、課題設定だけでなく、PBL 学びの可能性をひらく授業づくり』で紹介されているPBLProblem-based Learning)のモデルやカリキュラム設計、進め方が、そのままSSHでの「課題研究」にも当てはめることができます。別の表現をすれば、SSHにおける課題研究は、科学教育におけるPBLであるともいえます。 

 今年3月に公示された次期学習指導要領には、「主体的・対話的で深い学び」の実現とそのための授業改善を行うことが明記されています。しかし、この「主体的・対話的で深い学び」を実現するための明確な道筋や具体的な方法論については、学校現場には示されていません。2020年度からの完全実施を控え、多くの先生方は先が見通せない霧の中にいるような状況です。 

 「主体的・対話的で深い学び」を実現するための極めて有効な手立てが「探究学習」です探究学習の実践モデルであるPBLとこれまで多くのSSHの「課題研究」の取組で得られた「理数教育における探究学習」に関する知見やノウハウをぜひ全国の高校に広めるとともに、小中学校にも広めてほしいと強く願っていますSSHに指定された高校には、取組で得られた成果を地域の他の高校や近隣の小中学校等に普及することが求められているのですから。 



★  SSHへの支援協力を行っている国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のHPには、科学技術系の次世代人材育成事業の一環として行われているSSHについて「高等学校等において、先進的な理数教育を実施するとともに、高大接続の在り方について大学との共同研究や、国際性を育むための取組を推進します。また創造性、独創性を高める指導方法、教材の開発等の取組を実施します」と書かれています。SSHの指定は平成14年度から始まり、平成28年度に指定されている高校は全国で200校にも上ります。事業費として毎年20数億円もの予算がつけられています。原則5年間の指定で、1校あたり年間900万円~1,600万円の予算です。 

★★  研究課題・テーマの設定に時間がかかり過ぎたり、どうしても課題・テーマが絞り切れないようなグループの場合は、担当の先生からアドバイスを与えるだけでなく、グループが関心のある分野・領域に関連した複数の課題を提示し、その中からグループで話し合って自分たちが追究する課題を選択してもらうとのことでした。 

★★★  1年生のときに行われる「臨海実習」での海洋生物に関する実習や海岸近くの露頭での地層・岩石・化石などの観察・調査、さらに「SSH高大連携講座」として大学と共同で行う湖沼の水質環境調査や夏休みに大学・公的研究機関・民間企業の研究所などで行われる「サイエンスキャンプ」★★★★に参加し、先端技術や実験・実習で体験したことを、課題設定や課題研究そのものに生かすよう奨励しているそうです。 

★★★★  サイエンスキャンプとは、先進的な研究テーマに取り組んでいる大学、公的研究機関、民間企業の研究所などを会場として、第一線の研究開発現場で活躍する研究者や技術者から直接指導を受けることができる、実験・実習を主体とした科学技術体験合宿プログラムです。高校生を対象としたサイエンスキャンプは、1995年度~2015年度まで実施されました。

2017年11月25日土曜日

責任の移行モデル


先週『「学びの責任」は誰にあるのか』(吉田新一郎訳、新評論)が取り上げられましたが、私も2年ほど前にこの本を読みました。そのとき、この本は多くの教師の役に立つに違いないと思った記憶があります。
    
    この本で紹介されている「責任の移行モデル」は確か、読みの指導の分野で功績のあるピアソンらによって開発された手法ですが、子供を「教師に教えてもらう存在」から「自立した学び手」に変えていくという点において、他の分野でも有効なことが示されています。
      今話題の「主体的、対話的な深い学び」も、掛け声だけはいいのですが、いざ日々の具体の授業の中でどう実現すればよいのか、様々な解説本や実践を紹介した本が次々に出版されても、「今一つピンとこない」と感じている先生方も少なくないと思います。
 

 
 そんな思いを抱いている方は、ぜひ本書を手に取ることをお薦めします。

この本の中で紹介されている「責任の移行モデル」の4段階はとても大切であるにもかかわらず、これまではそれぞれが有機的につながっていませんでした。

 その4段階とは次のことです。

①教師が焦点を絞った講義をしたり、見本を示したりする。(焦点を絞った指導)

②教師がサポートしながら生徒たちは練習する。(教師がガイドする指導)

③生徒たちが協力しながら問題解決や話し合いをする。(協働学習)

④生徒は個別に自分が分かっていることやできることを示す。(個別学習)


  この4つの段階がつながって行われれば、先ほどの「主体的、対話的で深い学び」が自ずと実現するものと思います。①の教師による講義もこれまでは、ほとんどこれが授業の中心という状況でしたが、肝心の内容が焦点化されていないことが問題でした。しかも、自分たちとは全くかかわりのないような話を突然持ち出されて、「はい、これを覚えましょう」では興味が湧くはずもありません。


  また、②から④に進むにつれて、子供たちが担う責任を徐々に重いものにしていくというのは、実に理にかなった話です。これまでは①②がなくて、③④に取り掛かるというようなことが当たり前に行われていたように思います。それではうまくいかないのは当然です。
    
    この本にはまだまだたくさん学べることがありますが、特に、若い先生方には、これからいろいろな場面でグループワークを効果的に行うために、第4章「協働学習」のところを読んでもらいたいと思います。グループワークに関係するところは、とても参考になります。話し合い活動に注目が集まりますが、形だけの話し合いでは時間の無駄ですから。

 

2017年11月19日日曜日

新刊紹介『「学びの責任」は誰にあるのか』


タイトル: 「責任の移行モデル」で授業が変わる
著者: ダグラス・フィッシャー(Douglas Fisher)&ナンシー・フレイ(Nancy Frey

「学ぶのは誰か」と問われれば、もちろん「子どもたち」ですが、実際の授業はそのようにデザインされていません。(それは、教科書ありきや指導案の存在からも明らかです!)
学ぶ側はもちろん、教える側も学び続けられる「教え方・学び方」はないかと模索しはじめ、5年以上の時間をかけて探しだしたものの一つ★が本書で紹介している「責任の移行モデル」(①焦点を絞った指導、②教師がガイドする指導、③協働学習、④個別学習)です。
これを分かりやすい図に表すと、図1-1になります。

注意していただきたいのは、これらは①から④と順番に行うのでも、常にクラス全員(研修会では受講者全員)を対象に同じ段階の活動をさせるのでもありません。たとえば、②番目の「教師がガイドする指導」をするためには、「①焦点を絞った指導」が終わっていることが前提となります。と同時に、クラスの大半の生徒(受講者)が「③協働学習」か「④個別学習」に取り組んでいることも前提となります。そうでないと、教師は少人数(二~六人)の生徒(受講者)たちを集めて、一〇~一五分の「教師がガイドする指導」を行うことはできませんから。

 しっかりと計画され、実施される指導は、生徒たちと指導する内容について把握していることを教師に要求します。★★また、継続的に生徒たちの内容理解を評価することも必要となります。★★★そして、相互に関連しあう授業によって、教師から生徒に責任の移行が徐々に、計画的に図られる必要もあります。まさに、これを実現する教え方として「責任の移行モデル」が存在します(図で表すと、図1-5のようになります)。この図では、四つの段階が相互に行ったり来たりしているところが強調されています。教師(講師)は、これら四つをうまく使いこなすことで、生徒(受講者)の学びを最大限にすることができるのです。

 本書は、これら四つの要素を、異なる教科の例をふんだんに挙げながら分かりやすく解説しています。それによって、教師主導の「授業」=教師が教え込むことから脱却し、子ども主体の「学び」が可能になります。
これら四つの要素を、教師/講師を含めた大人たちが身につけることができれば、授業や研修が変わるので、生徒や受講者の学びの「質」「量」共に飛躍的に伸びることは間違いありません。★★★★


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PLC便り割引だと 1冊=2000円(送料・税込み)です。
5冊以上の注文は 1冊=1800円(送料・税込み)です。

ご希望の方は、①冊数、②名前、③住所(〒)、④電話番号を
pro.workshop@gmail.com にお知らせください。


★ 他に見つけ出したものには、①ライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップ、②一人ひとりをいかす教え方・学び方、そして③PBL~学びの可能性をひらく授業づくりなどです。

★★ 教材研究をしっかりやった上で指導案にのっとった授業は、残念ながら、後者の「指導する内容」は押さえているかもしれませんが、前者の「生徒たちのこと」はほとんど押さえていません。

★★★ 「見取り」という言葉はだいぶ前から存在していますが、その実態はほとんど伴っていない状態が続いています。見取りを実現する方法が「形成的評価」で、図5にしっかり明記されているだけでなく、四つの要素を詳しく説明している第2~5章の各章では、この項目を立てて具体的な方法が紹介されています。

★★★★ 教員研修の場合、「講義」だけで、身についたり、できるようになったりするはずはありません(焦点が絞られていないと、「退屈度」は増すばかりです!)。そして、たとえ内容のある「演習」(=③協働学習)を踏まえたとしても、④個別学習がないかぎり、難しいです。加えて、対象によっては、②教師がガイドする指導も欠かせません。何せ、身につけてしまっている負の習慣を「アンラーンする(学び直す)」必要性が子どもたちのレベルではありませんから。
こうしたことをうまくバランスさせるために何よりも重要なのが、「形成的評価」です。それによって、①~④の何を教師と生徒がすべきなのかが分かることで、「指導と評価の一体化」が実現するからです。逆に、継続的に形成的評価が行われていないと、事前に講師が決めたレールの上を(たとえ、それが効果的ではなくても)進む選択しかないことを意味しますから、結果的に残るのは教えた気になった講師(プラス何を得てほしいと淡い期待を抱いていて講師を呼んだ企画者)の満足感だけという悲しい状態が続くだけです。
  この偉大なる研修における「負の習慣をアンラーンする」ことこそ、授業レベルでの負の習慣をアンラーンする前提にないと、授業自体が変わるとは思えません。毎回の研修で、②~④なしで、ほとんど①だけの、まずい授業の見本を示され続けるのですから。日本の教員研修に携わっている人たちの中に、この事実を理解できている人は、残念ながらまだ一人もいないと思います。

2017年11月12日日曜日

PBLおもしろかった!! 新しいアイディアが生まれました!

 本は、『PBL〜学びの可能性をひらく授業づくり〜』(リンダ・トープ&サラ・セージ著、北大路書房、2017年9月)です。

 「この本の構成は、本当に読みやすかったです。最初で概観を示し、少しずつ詳細へと螺旋的に書かれていく感じは、理解が深まりました。一読して、最初の12章をもう一度読むと、さらに理解が深まっていることがよく分かり、この本の読み物としてすばらしさも感じています。
 PBLは、教師のインストラクショナル・デザインの力が試されると思いました。スタンダード(指導要領)・子どもの実態・地域の材という集合の中で、問題としてよいものを見つけ出す力は、教師のアイディアと創造力でしょう。しかし、こういうことがやりたくて僕は教師になったわけですから、腕がなるといえます!! のびのびと実践し、経験を積みたいです」と、メールをくれた横浜市の冨田先生が、読みながら付けたメモをベースに感想も送ってくれたので、紹介しますPは、ページ数です。)

● PBL3つの特徴
・学習者は、問題をはらむ状況の中で、利害関係者として問題を解決する。
・教師は、学習者が自分と問題とのつながりを感じながら学べるように、適切な方法を用いて包括的な問題を中心に据えてカリキュラムを編成する。
・教師は、学びの環境を整え、学習者の思考をコーチし、探究活動をガイドして、深い理解へと促す。(P18

● 構造化されていない問題と、子どもたちが担う役割(立場)の重要さ
・問題をはらんだシナリオの中で、学習者に利害関係者の役割を与える
・学習者が、構造化されていない問題をはらんだ状況に浸る
・構造化されていない問題は、その不完全な状況そのものがもつ力で、彼らに「知っていること」と「知るべきこと」を明確に区別する作業に取り組ませる。(P23P25)

最初、PBLとかつて私が取り組んでいた問題解決的な社会科の違いについて考えながら読んでいました。
 まず、PBLは構造化されていない、問題をはらむ状況そのものを扱うのに対し、私の問題解決的学習はかなり私が構造化し、子どもが消化吸収しやすいようにしていました。問題解決的学習は、国語や算数のように、完全に系統立って単元の授業計画を配列させていませんでしたが、私自身が子どもたちの学習の舵取りをして、学びやすいように経路を選択していました。PBLは、役割をつかって問題の利害関係者となり、その立場で自分の意志で探究していくので、その学びの責任や自由度はとても高いです。
「役割」というのは、キーワードだと思いました。一つの資料や問題記述を見ても、その役割(立場)によって見方・考え方は大きく違うことを学習に利用しています。子どもたちは、子ども(学び手)の立場以外にも、いろいろな社会的な立場に立って学習を探究するので、多様な立場からの考える力を育むだけでなく、立場を生かして学習を楽しむことができます。立場を変えれば、同じものを見ても全く違うものになるという学習経験は、これから社会に出て実際の問題を解決する子どもたちにとって、本当に大切です。
 一般的な学習だったら、次は農民の立場で、次は武士の立場でと、画一的に教師の指示の下に行われていくことはありますが、PBLでは、小グループがそれぞれ異なる立場を担いながら、同時に学習を展開し、学習のフィールドで役割になった遊ぶ感じがすごく楽しそうです。

●問題記述
・与えられた問題を解決する過程で学習者に「今の段階で取り組むべき問題を具体的に記述したもの」(問題記述)を書き表すようにさせています。
何度も繰り返して問題記述を書き改めてきたことで明確になった本質的な課題と、それが満たすべき条件に照らし合わせて、これらの解決策を評価します。(意思決定マトリックス) (P27
・コーチとしての教師の仕事は、簡単な問題記述で満足させず、タマネギの皮をむき続けさせることなのです。(P48)
・問題記述では、「〜という条件の下で、どうしたら私たちは〜できるだろうか?」という問いかけのひな形を使うことがよくあります。(P53)
・自分たちの手で現実の問題を明確にしていかなければならないのです。(P85)

 そして、この問題記述の考え方が、私には抜け落ちていたと感じました。
 ワークショップで「選書」や「問い・テーマ選び」など、学習プロセスとして簡単には表現するものの、本を選んだり、問いを作ったりすることは非常に難しいし、さらにそれが授業ではできても、日常生活の中でまったく役に立たないというのは、よく見られることです。
 日常生活は、目の前の状況を問題として捉えようとするプロセスから入って、問題解決がスタートします。どのように問題を捉えるかというところから始まるのです。それに対し、授業場面では出来上がった問題が提示されます。問題を捉えるというプロセスが抜け落ちていて、そこに現実に存在する問題(←これが、構造化されていない問題)のような複雑さはありません。
 選書で言えば、いつも児童書コーナーでその子の学年相当の本がきれいに並べられているようなもので、本当の選書力は、雑然とした情報の山から読みたい本を検索するところから始まるでしょう。「問い・テーマ選び」でも、子どもたちの様子を見ていたら分かるように、問いやテーマを発見することこそ、本質的な学びの肝であり、それができればほぼ探究的な学習は自立的に進んでいく確証を得たようなものです。けれど、本当の「問い・テーマ」は、複雑な現実社会の中で試行錯誤して、すこしずつ具体化していくもの。授業のように、黒板の一番上に学習問題が出ることなどないのです。
 目の前の状況を問題として捉えるという学習プロセスをしっかり授業の中に取り込んで、子どもたちに日常生活で生きる問題解決能力を身につけるのがPBL。目の前に食材が置かれるように問題が運ばれてくるのがわたしたちの学校の授業のように感じます。問題解決的学習は子どもから問いを生むという表現が使われますが、教室全体で一つの学習問題を追っていくために、一人ひとりが問題を捉える力や具体化する力を養えるとは思えません。けれども、PBLでは厳しくも、資料や立場から「知っていること」「知りたいこと」「思いついたこと」で複雑な現状を整理し、問題記述を一人ひとりが作成することを通じて、目の前の問題を具体化する(=学習問題をつくる)という学習プロセスを踏みます。最初の問題作りを丁寧に、そしてしっかり子どもたちに委ねて探究へと進ませるところが、私にとっては驚きでした。子どもにとって、日常生活の困った状況から問題を明確にすることこそ、本当に役立つ力です。

●学習サイクル
PBLの単元のテンプレート (P48)
・問題との出合い:蚊の問題に出合うための「指示書」
教師の環境の工夫
教師が活動目標を提示したり、問いを立てたりしない。子どもが「指示書」から「知っていること」「知るべきこと」「思いついたこと」を整理し、問題記述を作る。(P52)
・重要だと思って選んだ「知るべきこと」が共通する学習者同士で3〜5人のグループ(専門家グループ)をつくり、協働して活動するのがよくあるやり方です。そして情報収集が完結した時点で、それぞれの専門家グループからひとりずつ集まって新しいグループを作り、収集した情報を新しいグループ内で共有するのです。「ジグソー」
 問題記述の後に専門家グループ。最初から専門家グループではない!!(P55)
・問題に出合う・知っていること、知るべきこと、思いついたことを特定する・問題を定義する(テーマ・問いを立てるプロセス)情報を集め、共有する (P67)

 学習サイクルについても、かなり今までと違う視点が入っていると思いました。最初の問題記述を作ってから、ジグソーをうまく使って、グループ学習でしかも一人ひとりが学びの責任を感じられるような学習デザインがされています。グループ学習で、友達に頼りすぎて依存的な学習になる子の課題や、支援を得られないで孤立化してしまう課題を、うまく解決へと導いています。そして、問題記述に立ち返らせることで、問題をより具体化していくというのも、学習の目標や問題解決から逸れないための自己評価の方法として機能していますし、学習が深まれば深まるほど問題記述が具体化し、カンファランスの材料や学習の指標になるという点にも、なるほどという思いでした。問題記述に立ち返るというのが、ポイントです。

●評価がやる気を引き出す
・各グループがそれぞれ解決策を発表して、それぞれのグループの発表の後で生徒たちが審査委員会の委員と質疑応答する
・評価は、教師と生徒が一緒に作成したルーブリックによってなされることが多い。(P59)
・学習者とは、自分の努力の結果を知りたくなる存在です。自分たちの取り組みをきちんと考察し評価してくれる人がいると信じられるとき、彼らは情熱と厳しさをもって任務を引き受けるのです。(P87)