2017年10月8日日曜日

「特別支援の教え方をすべての教室に」 〜 インクルーシブ教育で一般級を変えよう 〜


 障害のある子も区別されずに同じ場で一緒に学んでいくインクルーシブ教育が進められています。僕もとてもいい考え方だと思います。この世界にはいろいろな人がいて、いろいろな形で学びたいと願っているということを、肌で感じられるからです。でも、少し気になることがあります。

 今年度、初めて特別支援学級の担任を経験しました。驚いたことは、教科書や指導案のような進め方がないことです。僕は主に5人の子どもを担当していますが、どの子も前任者から引き継いだ事を生かしたり、自分の得意なことを生かしたりして学習を組み立てていきました。最初は、どの子がどういう特性をもっているのか、引き継ぎでの情報のみで実際には分からなかったので、自分の得意分野である簡単なゲームや本を生かして、子どもたちとの関係を作っていきました。
 そうすると、子どもたちの発達上の特性や、学習上の課題がぼんやりと分かってきます。前任者からの引き継ぎと重ねて子どもを観察することができ、「この子はこういうことができるようになったらいいなあ」「この子はきっとここまでできるようになるぞ」といった目標が見えてきます。また、信頼関係が築けると、子どもたちの方から「もっとこういうことができるようになりたい」という声も聞けて、目標を一緒に作れるようにもなっていきました。

 特別支援級で学習する子には、「個別の指導計画」というものを作ることが決まっています。たとえば、国語の力ならば、「学期末までに、文章の中の中学年程度の漢字を読めるようにする」とか、そのための学習方法などを具体的に計画するものです。前任者の前年度の計画や報告を見ると、その子がどのような学習経験を辿って今いるのかということが分かります。冒頭にも示した通り、4年生だから4年生の漢字を習得しなければならない、4年生だから都道府県の名称を全部覚えなければならないということではなく、その子の実態に応じて、各教科ではどのようなことを目指すのかを教師達がじっくり考えて目標設定をすることができます。

 教え方も、とてもその子の実態に応じています。例えば、ポケモンが大好きな子どもには、ポケモンに登場するキャラクターを使ってカタカナの反復練習ができるプリントを作っていました。興味が持続しないことがその子の課題でしたが、ポケモンのカタカナ練習は全てのポケモンの名前を練習し、得意満面の笑みを浮かべていました。また、電車にだったら興味を示すことができる子がいました。その子には、新宿駅・代々木上原駅・下北沢駅・成城学園前駅のように駅名を並べて、物の長さを測るときに「横浜駅から下北沢駅まで伸ばせたね」のように物の長さを比較できるように工夫していました。どちらもベテラン教師の卓越した技ですが、このような指導方法に触れることができて、僕自身の指導のあり方が変わりそうな気がしています。


        写真は、オランダで撮った小学校の教室の風景です。
     あまりにも日本の特別支援級のような作りで驚きました。


    <メルマガからの続き>


 最近、特別支援教諭の免許を取得しようと通信教育で講義を聞いているのですが、障害のある子は就学義務の免除という名目で、義務教育から遠ざけられてきた時代がありました。養護学校の義務制が完全実施されたのは1979年。今日まで、特別支援教育に携わる全ての人の努力により、徐々に多様性のある子どもたちの学習のあり方が形作られ、僕が体験したような教え方や学び方が、一般の小学校の特別支援級でも行われるようになってきていることに、とても感動をしました。特別な支援の必要な子が学習できるようにすることはとても高い技術を必要とします。先生たちの多大なる工夫や新しい教育に関する研究の成果が、そこかしこに散りばめられているように感じます。教室や講義からは、子どもに変化を強要するのではなく、指導計画、学校、教師が子どもに応じて変わっていく姿勢が感じられました。
 
 翻って、一般級に目を向けてみると、みんなで同じ教科書教材を読んだり、同じテーマで作文を書いたりと、古くから行われてきている伝統的な教え方学び方が今もはびこっています。確かに、機械的な繰り返し、威圧・懲罰に依る指導は見られなくなり、学習環境は少しずつ変わってきているとはいえますが、特別支援級ほど個の多様性を考慮した支援が行われているとは言えません。基本的には、同じ学年に在籍する子どもには同じ目標・評価が当てはめられます。さらに、ほとんど多くの学習は、同じクラスに所属していれば、学ぶ方法は同じ、学びの成果物も同じというのが基本です。「評価・評定できないから」という理由から、子どもを指導したり比較したりしやすいように制度設計されています。特別支援級で見られるような、子どもの実態に応じて目標や学習内容を決めたり、子どもの特質に応じて教材や学習方法を変えたりする柔軟性を、一般級の中から見つけることはなかなか難しいことです。

 一般級において、学習をする上で最初に考えられてきたことは目標や内容です。「10月はこの単元を学習する」「2学期までに30ページまで進む」といったことでした。熱心な教師は、この内容を子どもたちが一生懸命楽しく学ぶためにはどう教えたらよいのかと、試行錯誤して教材研究に励んでいます。そして、習熟が進まない子どもに対して、休み時間に残して練習問題を解かせたり、追加で宿題を出したりすることで、一般級の中の習熟に時間のかかる子に対応をしています。

 けれど、特別支援級でもっとも大切にされていることは、「子ども理解」です。何が好きか、何が得意か、どのような力に秀でているか、そしてそこから、今の姿から社会的自立を果たすためにどのような力を身につけたらよいか、その力を身につけるためにはどのような短期目標を設定したらよいか、その個に実態に沿った学習が組織されていきます。ですから、その子にとっての習熟とは、同じクラスの平均的な子やB基準と言われる到達目標と比べられるのではなく、4月のその子自身、今のその子自身と重ねて、その子の成長を捉えていきます。特別支援級では、ABCの評定はなく、子どもの学習に寄り添った教師から、その子の成長の様子が具体的に書き込まれた成績表をもらうことになります。

 特別支援級では、熱心な教師が夏休みまでに漢字の練習ドリルを全て終わらせるような風景は見られません。また、冬休みまでに九九を全て習得させようと休み時間に残して練習させることもありません。それは、最初の段階でその子の子ども理解やそれに基づく支援計画の改善が必要で、僕の学校のベテラン特別支援教師は、練習ドリルという支援の方法を改めるかもしれません。また、冬休みまでに九九を覚えるという計画を見直して余裕を持って練習したり、継続的に練習できる機会を設けたりすることでしょう。子どものほうが変化を強いられるのではなく、子どもが自立的に学習に向かえるように、支援や計画の方を改善するように考えることでしょう。

 一般級の教室をさっと見ただけで、45分間意味を見いだせない学習に耐えきれない子どもや、大人数の教室環境に耐えきれない子どもは少なからず存在することが分かります。そして、しっかり見ないと気づけない注意力に課題のある子や、学習に偏りのある子など、教室は特別支援級と同じぐらい多様な子がひしめき合っています。子どもの多様性という点において、一般級と特別支援級の違いはほぼなくなってきているように思えます。特別支援級であれほど個に応じた学習が工夫されているのに、壁をひとつ挟んだ隣の教室では、いまだに個人よりも学習内容の方が大切にされる学習が行われていることが不思議でなりません。一般級から特別支援級、特別支援級から一般級へと、異動は少なからず行われているのにも関わらず、個に応じた学習は特別支援教育特有のものであるという認識からか、個に応じた学習が一般級で大切にされることは少ないように思います。一クラスの人数、教師の不足、スペースの不足、評価の問題、理由をあげればキリがありませんが、子どものための学校と考えるならば、現状を改善するようなチャレンジングな実践が推し進められるべきでしょう。特別支援級と一般級の融和が進まないことが不思議でなりません。

 特別支援教育に携わるまで、インクルーシブ教育は「特別な支援が必要な子でも一般級で学習できるように配慮する」というイメージで捉えていました。つまり、特別支援級の子どもを一般級で受け入れるというイメージです。けれど、それは間違っているのではないかと思うようになりました。
 つまり、反対に、一般級の子どもたちも特別支援級の多様性を生かした学び方ができるように、学校全体が変わっていかなければならないということです。つまり、過言を恐れず言えば、「一般級の子どもたちが特別支援級で学ぶようにインクルーシブ教育を作り出していく」ということです。(文責+写真:冨田明広)

 この最後の部分にフォーカスした(=個に応じた学習を一般級で可能にする)本が、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』(キャロル・トムリンソン著、北大路書房、2017年)ですが、他にいい本や資料をご存知の方は、ぜひpro.workshop@gmail.com宛に教えてください。

2 件のコメント:

  1. この記事を読んで驚きました。なるほど,「一人ひとりをいかす教室」とは特別支援学級で行われているような指導法なのですね。今,ブッククラブでこの本を読んでいます。まだ最初の部分ですが,どうも今ひとつイメージをつかめずにいたのです。この記事を読んで,だいぶクリアになってきました。ありがとうございました。

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  2. イコールではありませんが、「一人ひとりを大切にする」という点は同じです。

    人数の違いがありますから、個別指導は一般級ではなかなかできませんから。
    (しかし、http://wwletter.blogspot.jp で紹介している方法、およびそれを算数・数学、社会科、理科等に応用した方法なら、かなりできます。)

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