2017年12月31日日曜日

読み比べ

    先週の「読み比べ」で紹介された本についてコメントします。
   
まず、文部科学省の澤井視学官の書いた『授業の見方』(東洋館出版社)でした。

「主体的・対話的で「深い学び」の授業実践」というサブタイトルがついています。授業改善のための授業の見方を考えると言うのが、その趣旨のようです。新学習指導要領の内容をベースに説明がなされています。この本を全国の多くの教師たちが読むことでしょう。その影響は決して小さくありません。

 そのような本ですから、その内容に関して、今一度考えるべきことはないのか、しばらく内容を反芻してみました。その結果、次のような思いに突き当たりました。
     
   この本の根底には、「子供は教え導くべき存在である」「子供の能力には限界がある」「予定調和的に教えるのが学校の授業である」という見方があるように思えてなりません。「大人がいつでもリードしてあげなければ、子供は学ぶことができない存在」、そのようにも思えます。

以前、ここでも紹介した『イギリス教育の未来を拓く小学校』マンディ・スワン他(大修館書店2015)の「限界なき学び」という、子供の可能性を信じて、その学びを創造していくやり方とは対極にあります。

同書の「子どもたちの声を聴く」には、次のような一節があります。
     

教師たちが発展させようとしていた活動としては、子どもの声を聴き、アイデアや、考え方、感情などを汲み取ろうとするというものがあったのですが、そこで汲み取ろうとしていたものは、学習に関することだけではなく、学校生活全般に関することでした。
(中略) 子どもの関与は、あらかじめ決められている活動や構造に限定するべきではなく、教師によって計画される(学習の)全体構造に及ばせることが重要であると主張しています。
 

この考え方は、「ここまで」と枠を決めて、その中で予定調和的に、スマートにやろうという、わが国の学習指導要領中心の学びとどちらが魅力的か、考えるまでもありません。

また、同書の127ページには、次のような一文もあります。
      
 ロックザム校における成長の基礎をなすものとは、「本質的に有能な人間」としてすべての子どもたちを信頼することであり、その信頼に基づいて学級の人間関係を再建することが潜在的に変容可能であり、能力で判定することによって作り上げられる限界から教師と子どもたちを解放するのだという意識でした。
     

そして、もう一つ。

子どもの可能性をそれほど信用も信頼もせず、固定的なものの見方で指導するやり方から、ロックザム校のような実践にいきなり行くのは、難しいと思います。

そこで、その橋渡しをしてくれる方法が、『「学びの責任」は誰にあるのか』(吉田新一郎訳、新評論)で紹介された「責任の移行モデル」だと思います。この本には、次のような4段階の学びが紹介されていました。
     

①教師が焦点を絞った講義をしたり、見本を示したりする。(焦点を絞った指導)

②教師がサポートしながら生徒たちは練習する。(教師がガイドする指導)

③生徒たちが協力しながら問題解決や話し合いをする。(協働学習)

④生徒は個別に自分が分かっていることやできることを示す。(個別学習)
     

この4段階を通して、子供たち一人ひとりが自立した学び手に成長することで、限界なき学びも当たり前のように、視野に入ってくるのだと思います。③と④は間違いなくこれからの教育で求められるものだと思いますが、いきなりそこには行けません。①から②へと、切れ目のない指導があって、初めて達成されるものであることを忘れてはならないでしょう。

また、これも以前ここで紹介された『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』(キャロル・トムリンソン著、北大路書房)も先ほどの「限界なき学び」と深いつながりがあります。

『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』の特徴として以前、次のような説明がありました。http://projectbetterschool.blogspot.jp/2017/07/blog-post_23.html
     

・何を(学習内容)、どう学ぶのか(学習方法)、そして学んだことをどのように証明するのか(=成果物)の3つで、生徒たちに選択肢が提供される教え方です。

・生徒たちが熱中して取り組め、意味を感じられ、そして興味が湧くものに対しては、よく学べるということを(そして、生徒たちすべてが同じものに熱中し、意味を感じ、興味が湧くわけではないことを)ベースにした教え方です。これも、上記の選択肢を提供することで、実現できます。

  ・クラス全体、小グループ、個人を対象にした学びが柔軟につくり出されます。

   ・常に臨機応変で、有機的で、ダイナミックな教え方です。
     

この中で、「生徒に選択肢が提供される」「臨機応変で、ダイナミックな教え方」は特に重要です。それは、「子供の関与を限定的に捉えない」という「限界なき学び」に通じるものです。このように考えると、『一人ひとりをいかす教室』と『限界なき学び』、そして『責任の移行モデル』はすべて有機的につながりあっており、それは「学びの原則」を踏まえた「学びの王道」とも言えるものです。


特に、経験の浅い教師の皆さんに、ぜひこの21世紀の教育の『王道』とも言える『「学びの責任」は誰にあるのか』『一人ひとりをいかす教室』を読み込んでもらい、日々の授業の中で実践を積んでいってほしいと切に思います。

2017年12月24日日曜日

比べ読みの第4弾


お薦めの本は、以下の2冊です。

・『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』キャロル・トムリンソン著、北大路書房
『授業の見方 ~「主体的・対話的で深い学び」の授業改善』澤井陽介著、東洋館出版

これらの2冊の比べ読みを思いついたのは、前者を「理解できない、読むのが大変」というコメントをもらったからです。あまりにも自分が慣れ親しんだ授業観、生徒観、教育観とは異なることが原因だそうで、投げ出すのではなく、どうにかして読めるようになりたいが、そのためにどうしたらいいのか教えてほしいというニュアンスの言葉も添えてありました。

後者と読み比べることによって、違いが一層浮き彫りになると思ったのです。後者は、現文科省視学官による本です。どういうわけか(?)、ここ数か月は教育書ではナンバー・ワンと言えるほどの売れ行きです。その理由も、ぜひ解明していただきたいと思います。
しかし、購入することはお薦めしません。図書館等にリクエストを出すなど、他の方法を考えてください。(売れる本が、いい本/読むべき本ではないことの、典型例です!★)

前者の代わりに(あるいは、いっしょに)、『「考える力」はこうしてつける』ジェニ・ウィルソン他著、新評論、ないし『「学びの責任」は誰にあるのか』ダグラス・フィッシャー他著、新評論という選択肢もあります。

冬休みの間の読書にピッタリかもしれません。
読まれたら(一冊でも)、ぜひ感想を下のコメント欄かpro.workshop@gmail.com宛にお願いします。
フィードバックすることを前提に読むのと、そうでないのでは、読めるものがだいぶ違います。もちろん、フィードバックすると、それに対する反応も戻ってきますから、二重に得します!


★ これは、比べ読みの第1弾として紹介した
  http://projectbetterschool.blogspot.jp/2016/02/blog-post.htmlと酷似していると言えるかもしれません。


2017年12月17日日曜日

(前回紹介した)日経の記事を読んで思ったこと

調査を中心に動かしているのは新井紀子さんです。この前までは、「AIロボットは東大に合格できるか」というようなプロジェクトをしていました。(それが終わったから、あるいはその延長線上に、今回のプロジェクトがあるようです。)
数学者が、国語の読みにまで手を出してきていいのかな・・・などと思っていたところ、そういう自分も、都市計画の人間が、教育のあらゆる分野に興味をもって情報発信しているのですから、「自由」だろうと、一度は封印しました。
そういう中で、今回は日経の、それも論説委員長が書いていたので、見逃せなくなってしまったのです。
前回の記事について、いろいろ書けることはありますが、一点に絞ります。★
枠組みとして「教科書をカバーして、テストで評価する」を続けることは、基本的に、誰にとっても負け戦が続くだけだ、ということです。★★
読むこと、書くこと、そして学ぶこと、教えることが、楽しくなるはずがありませんから。誰にとっても「苦役」が続くだけです。
苦役を通して学べるものには、どんなものがあるでしょうか?
読む力をつけたいのであれば、テストが正解を得られる力ではなく、選書能力から出発する読書のサイクルこそを身につけられる教え方・学び方に転換しないと、無駄な時間を過ごすだけです。
その意味で、今回のプロジェクト自体、最初のボタンを掛け違えてしまっているのです!
この記事を書かれた方(日経の論説委員長、東京新聞の記者や湯浅誠さんも!)、今回の読む力の向上プロジェクトにかかわっている研究チームのメンバーの方々、その研究に協力している教育委員会の指導主事や学校関係者の方々、そして記事に興味をもった方々にはhttp://wwletter.blogspot.jp/2012/01/blog-post_28.html  のサイクルの大切さを認識していただきたいと思います。
ジャーナリストも研究者も、そして多くの職種に就いている方々も、これらのサイクルを回して仕事をしているはずなので、理解しやすいと思います。
そして、どういう状況でよく学べるかというと、私たちがイメージする教師が教壇に立って、座っている多数の生徒たちを相手に教科書を使った授業をすることではありません。http://wwletter.blogspot.jp/2010/05/ww.html で説明されているような要因がそろっている教室でこそ、よく学べます。(ここに説明されているのは、「書くこと」ですが、それは「読むこと」に換えられるだけでなく、「算数・数学の問題を解くこと」「理科や社会で探究すること」など、すべての教科に換えられます。)
これだけでは、イメージがつきにくいようであれば、NHKの人気番組「奇跡のレッスン」にたとえると分かりやすいと思います。日本人の部活の指導者も、海外から招へいした最強コーチも、同じスポーツ(や料理や踊り等)を指導しています。しかし、彼らがいる間につくられる「学びの空間」や「関係の空間」はだいぶ違っているのです。
最強コーチによってつくられる空間が、教室の中でつくり出せるのです。
それによってしか、読むことや書くことや考えることや学ぶこと等を好きになり、かつ読む力、書く力、考える力、学ぶ力をつけていくことは難しいを通り越して、不可能だと思います。
もう少し知りたいと思っていただけたら、https://sites.google.com/site/writingworkshopjp/teachers/osusume  のリストの中から、「これは、面白そう」と思えたものを読んでいただければ幸いです。
そこには、通常の学び(教科書とテスト)の世界とはだいぶ違った世界があります。
★ 従って、記事で紹介されているテスト問題自体の問題や、研究者やマスコミ関係者がしてしまっていいことやまずいことの問題(こういうのは倫理的な問題?)や、クリティカルな思考の大切さ等については一切触れません。
★★ こう書いている私自身が、その産物でした! 大学院を卒業して30近くになるまで、書けませんでした(なんと、ワープロが救ってくれました!)し、読めませんでした(強制されて読むものから解放されることで、読み方をはじめて学びだしました!)。

2017年12月10日日曜日

AI時代、読む力を養え


今日は、上記の新聞記事を紹介し、その感想・コメントを募集します。
何でも、感じたこと、いいと思ったこと、おかしいと思ったこと、疑問・質問などを
pro.workshop@gmail.com にお送っていただくか、下のコメント欄にお書きください。お願いします。

タイトルは、上のとおりです。
書いたのは、日経の論説委員長の原田亮介さん。
サブタイトルは、「無償化より教育の質向上」

私が読んだのは、
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24153540R01C17A2TCR000/
(核心 2017/12/4 2:30 日本経済新聞 電子版)です。

 先の総選挙をはさんで政府が実現に動いている教育の無償化には、疑問点が多い。貧しい世帯の学ぶ機会の確保をいうなら、経済力のある家庭までタダにする必要はなく、待機児童対策にお金を回した方が有益だろう。
 政府の「人生100年時代構想会議」という看板が泣く。人生100年というなら、人工知能(AI)に代替されるのでなく使う側の人材をどう育てるか考えたらどうか。
 「最初のテストで子どもたちの5割くらいしか正答できない問題があって、がくぜんとしました」。埼玉県戸田市教育委員会の渡部剛士教育政策室長はこう振り返る。
 同市の教育目標の一つは「すべての生徒が中学校卒業段階で教科書を正しく読めるようにする」。簡単にみえて「全員」が「正しく読める」のは難しい。最新の学力調査で戸田市が小中とも県内ほぼトップの成績であってもだ。
 教科書を正しく読む力がないと自学自習ができない。大学生や社会人になって、新しい能力を獲得したり、能力を高めたりする土台がない。それではAIに負けない人材にはなれないだろう。
 戸田市の小中生が受けたのはリーディング・スキル(RS)テストである。RSは教科書や新聞、契約書などを正確に迅速に読み取る能力のことだ。例をあげよう。
 【問題1】
 左記の文を読みなさい。
 幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。
 右記の文が表す内容と左記の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。
 1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。
 答えは「異なる」だが、全国平均の正答率は中学生で57%、高校生でも71%だ。受け身形を見逃すと間違える。
 【問題2】
 左記の文を読みなさい。
 Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。
 この文脈において、左記の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
 Alexandraの愛称は(  )である。
 (1)Alex(2)Alexander(3)男性(4)女性
 答えは(1)。正答率は中学生38%、高校生65%だった。愛称を聞く質問なのに、性別を答える勘違いが意外に多い。
 【問題3】
 もっと正答率が低いのが、図に掲げたメジャーリーグ選手の出身国の問題だ。正答率は中学生でわずか12%、高校生でも28%だ。集合の内数になじみがないのだろうか。
 「7~8割正答できないと、これからホワイトカラーとして働くには厳しいだろう」。こう話すのは国立情報学研究所の新井紀子教授だ。「2021年には18歳人口もがくっと減る。企業社会の実務を担うボリュームゾーンが瓦解すると影響は大きい」
 他の学者や企業、学校などと組んでRSを研究してきた。テストは今年夏までに、全国で中高生ら2万5千人以上が受けた。
 新井教授は、東大入試を突破するのを目標に人工知能の「東ロボくん」を開発したことで知られる。東ロボくんは16年度のセンター試験模試で偏差値57.1を獲得し、私立大の88%で合格する可能性が80%以上という判定だった。
 それでも非定型的な仕事では文意を読み取る人間にかなわない。「読む力を測り、向上させる」。それがRSテストを開発した目的なのだ。
 これまでの分析でテストの結果の良しあしは、高校では入試偏差値と強い相関関係がみられるという。中学生など年が若いうちに読解力をつける努力をすると、正答率も向上することがわかった。
 予算の確保など課題は多いが、新井教授は「全国の中学1年全員に受けてもらい、弱点を見つけ出し、読む力を向上させたい」と意気込んでいる。大学や会社などが、就職指導や入社試験などに採用することも考えられるという。
 冒頭に紹介した戸田市では12の小学校、6つの中学校に勤める教師の4分の1がボランティアで集まり、RSの問題づくりや対策を練っている。「今まで、日本語を正しく読み取れないことと学力とを結びつけて考えていなかった」(新井宏和指導主事)
 指導法も変わってきた。問題文を音読して文意を考えさせる、図を描くよう指導する、省略された主語を考えさせるといった試みが続く。普段の学力向上にもつながるとの手応えも感じ始めている。
 教育現場では新指導要領でプログラミングなど新しい授業も始まり、RSが入り込む余地は小さいように見える。それでいいのだろうか。
 学歴社会の変遷に詳しい、関西大東京センター長の竹内洋氏は「必要な知識や技能が不足しているのが大半(の学生)なのに、『古い学力はいらない』というような議論が幅をきかせ、それに迎合する風潮がある。教育ポピュリズムを警戒すべきだ」という。
 19世紀初頭の英国では機織りに自動機械が導入され、職を失った労働者が機械を打ち壊す「ラッダイト運動」が起こった。米国でいま深刻な社会の分裂が広がるのも、IT(情報技術)の普及でホワイトカラーの雇用が揺らいでいる影響が大きいといわれる。
 AI時代の到来によって、日本も同じ道をたどる恐れがある。社会の安定を保つには、教育の質を高めることが、遠回りに見えて一番の早道ではないだろうか。


2017年12月3日日曜日

探究学習


 先日、理数教育の充実を図るために文部科学省からスーパーサイエンスハイスクールSSH★の指定を受けている学校を訪問する機会に恵まれ、「課題研究」に取り組む高校生の探究学習の様子を参観することができました。 

その高校では、2年生が物理、化学、生物、地学、数学の5分野に分かれ、それぞれ2~4人で構成されるグループで活動していました(数学は2人ずつのペアでした)。分野ごとのグループの数は、物理と生物、地学が3グループ、数学が2、化学は1でした。参加する生徒の興味関心によって、年度によって分野ごとのグループの数は変化するそうです。 

それぞれのグループでは、自分たちの研究課題・テーマの解決を目指して、協同しながら観察・実験・PCによる数値シミュレーションあるいは実験装置の作成・改良などに取り組んでいました。多くのグループが、試行錯誤しながら年度末に行われる研究発表会に向けて生き生きと活動しているという印象を受けました。 

課題研究に取り組んでいる高校生と助言・指導されている何人かの先生に、課題研究のポイントとなる「課題設定」をどのように行っているのか尋ねてみました。およそ以下のとおりでした。★★

1 生徒自身の興味関心、疑問、調べてみたいことを基本とする・尊重する。

2 これまでの先輩たちの課題研究をレビューしたり、1年生のときに参加した県内外の「SSH生徒研究発表会」や校内の「課題研究最終発表会」における他校や先輩の課題研究の内容を参考にする。★★★

3 興味関心が同じ・似たメンバーでペアあるいはグループをつくり、一人一人の興味関心や疑問、調べてみたいこと、観察・実験などを通して明らかにしたいことをいくつも出し合って、それらをもとにしてお互いが納得できるまで徹底的に話し合う。

4 1年間という限られた時間的制約の中で、課題解決の見通しがもてるものかどうかを吟味検討する。

5 4と関連することですが、間口を広げ過ぎて取り組むべき内容が多くなり過ぎないように、できる限り課題・テーマ・研究内容を絞り込む。 

 それぞれの担当の先生方は、指導しているというよりも「見守っている」といったスタンスで、グループが行き詰まってどうしようもなくなったときにアドバイスをしたり、参考になる情報を提供するということでした。 

また、自分たちの課題研究に関する情報収集や研究者からのアドバイスを得るために、関連の科学館・博物館や大学・研究機関に出かける行動力のあるグループも毎年いるそうです。 

 この課題研究に取り組んでいる高校生の学習状況は、『「学びの責任」は誰にあるのか』で詳しく紹介されている「責任の移行モデル」の第3段階:「協働学習」に相当するものだと思います。課題設定の3については、「質問づくり」『たった一つを変えるだけ』)のやり方に相当するものです。ただ「質問づくり」の方法を活用すれば、もっとスムーズに焦点化された課題・テーマにたどり着けるのではないかと感じました。 

 さらに、課題設定だけでなく、PBL 学びの可能性をひらく授業づくり』で紹介されているPBLProblem-based Learning)のモデルやカリキュラム設計、進め方が、そのままSSHでの「課題研究」にも当てはめることができます。別の表現をすれば、SSHにおける課題研究は、科学教育におけるPBLであるともいえます。 

 今年3月に公示された次期学習指導要領には、「主体的・対話的で深い学び」の実現とそのための授業改善を行うことが明記されています。しかし、この「主体的・対話的で深い学び」を実現するための明確な道筋や具体的な方法論については、学校現場には示されていません。2020年度からの完全実施を控え、多くの先生方は先が見通せない霧の中にいるような状況です。 

 「主体的・対話的で深い学び」を実現するための極めて有効な手立てが「探究学習」です探究学習の実践モデルであるPBLとこれまで多くのSSHの「課題研究」の取組で得られた「理数教育における探究学習」に関する知見やノウハウをぜひ全国の高校に広めるとともに、小中学校にも広めてほしいと強く願っていますSSHに指定された高校には、取組で得られた成果を地域の他の高校や近隣の小中学校等に普及することが求められているのですから。 



★  SSHへの支援協力を行っている国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のHPには、科学技術系の次世代人材育成事業の一環として行われているSSHについて「高等学校等において、先進的な理数教育を実施するとともに、高大接続の在り方について大学との共同研究や、国際性を育むための取組を推進します。また創造性、独創性を高める指導方法、教材の開発等の取組を実施します」と書かれています。SSHの指定は平成14年度から始まり、平成28年度に指定されている高校は全国で200校にも上ります。事業費として毎年20数億円もの予算がつけられています。原則5年間の指定で、1校あたり年間900万円~1,600万円の予算です。 

★★  研究課題・テーマの設定に時間がかかり過ぎたり、どうしても課題・テーマが絞り切れないようなグループの場合は、担当の先生からアドバイスを与えるだけでなく、グループが関心のある分野・領域に関連した複数の課題を提示し、その中からグループで話し合って自分たちが追究する課題を選択してもらうとのことでした。 

★★★  1年生のときに行われる「臨海実習」での海洋生物に関する実習や海岸近くの露頭での地層・岩石・化石などの観察・調査、さらに「SSH高大連携講座」として大学と共同で行う湖沼の水質環境調査や夏休みに大学・公的研究機関・民間企業の研究所などで行われる「サイエンスキャンプ」★★★★に参加し、先端技術や実験・実習で体験したことを、課題設定や課題研究そのものに生かすよう奨励しているそうです。 

★★★★  サイエンスキャンプとは、先進的な研究テーマに取り組んでいる大学、公的研究機関、民間企業の研究所などを会場として、第一線の研究開発現場で活躍する研究者や技術者から直接指導を受けることができる、実験・実習を主体とした科学技術体験合宿プログラムです。高校生を対象としたサイエンスキャンプは、1995年度~2015年度まで実施されました。