2018年3月24日土曜日

教師としての生き方


この時期は、卒業式や人事異動などで別れの場面がいくつもあると思います。先日、私も大学の卒業式で4年生を送り出しました。そのうち、60名弱が4月から小学校や特別支援学校の教師になります。その中で、卒論指導などで特にかかわりのあった学生に今の心境を尋ねると、「とても不安です」と口をそろえて言います。それはそうです。今までずっと「教わる」側にいた人間が「教える」側にいくわけですから、そう思って当然です。そこで、私は決まってこう言うことにしています。
    「心配ないさ。『子どもと共に学ぶ』『子供から学ぶ』それを貫けばいい。」
   
    教師は悲観主義よりも楽観主義で生きた方がよいのだろうと思います。教育とは、そもそも未来への期待であり、自分よりも後に来る者たちへその期待を込めたメッセージを伝えるのが教師の役割です。

生徒指導や学級経営で行き詰ったときは、どうしてもうまくいかないことが多いことから、悲観主義に陥りがちです。果ては、「子供が悪い」「保護者がわるい」「地域がわるい」など、他人にその責任を押し付けたくなるのです。それではますます負のスパイラルに入ってしまい、解決の糸口は見出せません。ここが勝負どころです。一度、その問題を考えることを止めて、そこから離れてみるのもいいかもしれません。

また、周りの同僚と話すこともいいと思います。同じ学校にいなければ、研修会などで顔を合わせる、近隣の学校の先生でもいいのだろうと思います。だれかと話すことで、これまで思いつかなかった視点で考えることができたという経験はだれでもあるでしょう。とにかく、一人で考え込まないことです。特に、若い先生方には気の合う仲間を作ることをお薦めしたいと思います。

学校も組織です。自分と気の合う人、合わない人、嫌いな人、いろいろいて当たり前です。嫌いだからと言って、口もきかない、仕事も一緒にできないようでは社会人失格でしょう。ただ、気の合わない人と仕事をすれば、ストレスがたまるのは当然です。本音も言えないことも多いと思います。だから、時には本音をぶつけられる仲間が必要です。それでなくても最近の学校はストレスの元となる要因が増えています。ストレスマネジメントもしっかりやらないと教師の仕事は務まらないでしょう。

私自身の話で恐縮ですが、20代後半に出合った同僚たちとの出会いがなければ、教師という仕事に本気になって取り組むことはなかったと思います。それぐらい仲間の影響は大きいのです。
    学級経営にしても、毎月自分は何に力を入れてやるかを考え、学級経営ノートを書くのが楽しくて仕方のない時期でした。
     
    意気揚々と教師になって、5年も経つと、一通り仕事の内容も把握できて、ある程度の自信もつくのが一般的です。教える内容も毎年そう変わるものではないですから、教材研究もそれなりにやれば通用します。この時期が教師としては一つの分かれ目でしょう。堀裕嗣氏は次のように述べています。

 教師は勘違いに陥りやすい職種である。~(途中略)~教師になりたての時代には学校教育システムにさまざまな疑問を抱いていた若手教師たちも、時が経つにつれて〈職員室の論理〉に馴染んでいく。自分たちは頑張っている、自分たちは認められていいはずだ、そういう確信に陥っていく。


 よく教師は『世間知らず』と言われますが、まさにこの「職員室の論理」に染まってしまうと、自分の実践の不甲斐なさを棚に上げて、「子どもがわるい」「保護者がわるい」と平気で責任逃れをするようになります。

    このような勘違いに陥らないためには、学校以外の世界との関わりを積極的に求めることが大切ではないでしょうか。自分の趣味のサークルでも良いし、学生時代の同窓生との交流でもよいのです。他職種の人との交流は学校を外から眺めるきっかけの一つとなります。また、学校の校区の地域社会の人々との接点も昔よりは格段に増えているはずです。そのような地域との交流の中で、様々な世代の人びとと接することで学ぶことも教師としての力量アップにつながるものだと思います。


引用
・多賀一郎・堀裕嗣(2016)『教師のための力量形成の深層』黎明書房

 

 

2018年3月18日日曜日

新刊『遊びが学びの欠かせないわけ』ピーター・グレイ著(築地書館)




私は、教育にかかわり始めた1985年ぐらいから、「自立した学び手をどう育てるか」をテーマに一貫して模索してきました。

今回の本はそのテーマに見事にフィットしているだけでなく、
視野を大きく広げてくれるものでした。

私が本書を日本に紹介した4つの理由:

①日本の学校、教育、学び、そして遊びについて見直すのにとてもいい本だから。
②教育関係者とは異なる切り口のお役立ち情報をたくさん提供してくれているから。
(狩猟採集という人類の歴史の99%がしていたことの詳しい情報!)
③学者にありがちな、単なる知識の書ではなく、アクションの書にもなっているから。
(息子の校長室での発言にショックを受けての、極めて個人的な物語でもある)
④楽観主義/信頼/ユーモアがベースに据えられているから。

どんな情報が紹介されているか、具体的な一つの事例を示しましょう。
私自身、小学校時代、近所の空き地でよく草野球をしていました。
それが見事に描かれているだけでなく、「遊びとしてするスポーツからの教訓」として、しっかり分析対象になっているのです(第8章の一部)。
著者が引き出した教訓は、次の5つです。

  教訓1 試合を続けたければ、全員を満足させ続けなければならない。
 教訓2 ルールは修正可能で、プレーヤーたちによってつくられる。
  教訓3 対立は、話し合い、交渉、妥協で解決する。
  教訓4 あなたのチームと相手チームの違いは一切ない。
  教訓5 よいプレーをして、楽しむことの方が、勝つことよりもはるかに重要。

これらは、社会人になってからもたくさんの使い道がある、とても大切なスキルやルールばかりです。それほど、組織立って行われるスポーツと比較して、遊びとして行われるスポーツには価値があるのです。(これらのどれ一つをとっても、今の子どもたちがしている大人のコーチがいる少年野球やサッカー、あるいは部活などでは、得られないものばかりですから。) しかし、それがここ数十年、急激に姿を消しつつあります。 このままで本当にいいのか、と真剣に考えさせられます。というか、部活問題以上のアクションが求められます。

本の中には、この手の情報が満載です。

切り口の違うこの本の紹介は、http://tommyidearoom.com/2018/03/05/post-993/
でも見られます。

詳しい目次やプロローグ等は、
で見られます。

割引情報

出版社が、49日発売の本を、 3月末日まで期間限定で割引販売をしてくれます。
定価2400円+消費税=2592円のところを、特別割引2400円(消費税、送料サービス)となります。
ただし、注文はすべて 訳者の私(吉田)= pro.workshop アットマークgmail.com  にする必要があります。
お名前、 ②郵便番号+住所 ③電話番号を書いて、お申込みください。
なお、5冊以上は、さらにお得な2割引き(12074円)+送料実費です。
※ 本の出来が326日なので、発送はそれ以降になります。


★ もちろん、外で遊んでいたのは男の子たちだけではありません、著者のグレイ氏は、ファースト・レイディーで国務長官だったこともあるヒラリー・クリントンが書いていたのを次のように引用しています。「放課後は毎日、週末も。そして夏休み中は、夜明けから暗くなって親に帰宅するように言われるまで。よく遊んだのを覚えているものの一つは、「追いかけっこ」です... 私たちはとても自立していましたし、たくさんの自由が与えられていました。しかしながら、いまの子どもにそのような自由を与えることを考えるのは不可能です。それを失ったことは社会としての大きな損失です。」

2018年3月11日日曜日

年度末の振り返り



 年度末は、何かと忙しい時期です。4月からの新年度も気になり始めていますし。

 しかし、毎年同じことを繰り返さないためには、振り返りが大切です。

 ぜひ30分を確保として(今日でも!)、次の10の質問に答えてみてください。

1. 今年度のハイライトは何でしたか? 特に、よかったことや成功したことです。
2. それらに共通することは何でしょうか? 自分がベストを尽くせる共通項は何でしょうか?
3. 逆に、自分が底にあったのはどんな時でしたか? 自分らしさを発揮できなかった時です。
4. それらに共通することは考えられますか? パターン/傾向のようなものです。
5. これまでに試したことがないことで新たに挑戦したことはありますか? それから、何を学びましたか?
6. 来年度は、何を試してみたいですか?
7. 来年度、何か変えてみたいことはありますか? あるいは、これ以上続けたくないと思っていることは? つまり、改善したいことです。
8. あなたがいま興味関心をもっていることは何ですか? もっと知りたいこと/学びたいことは何ですか?
9. そもそも、あなたはなぜ教師になったのですか? その目的に適う一年間を過ごせましたか? それは、なぜですか?
10.あなたは教師として過去一年間、どのように成長しましたか? あなたはどんな点で成長し続ける必要がありますか?

 教師が振り返ることは子どもたちへの影響が大きいですから、とても重要ですが、これらの質問(ないし、若干修正したもの)は、子どもたちにも大いに役立ちます。
 それは、通知表を渡すことよりも何倍も価値がありますから、ぜひやってください。
 自分の振り返りと子どもたちの振り返り以外に、使える用途は考えられますか?


2018年3月4日日曜日

PBIS(ポジティブな行動介入と支援)


 「K先生!T君の算数のノートを見てください。こんなにきれいにテープ図や式が書けているんですよ。すごいですよね!」 

これは、昨年4月から私が少人数授業教員としてティームティーチングをしている2年生の学級担任のM先生の言葉です。1週間ほど前、私が、休み時間にM先生の教室に入ったときの出来事でした。 

M先生が見せてくれたT君のノートを見て、私はすぐに「ほんとだ、ほんとにすごいね!素晴らしいね!」と言葉を発していました。 

二人の教師に褒められているT君は、はにかみながらも本当に嬉しそうでした。 

このT君は、算数が苦手で、繰り下がりのある引き算や九九の暗誦もなかなかできず、個別指導が必要な子でした。1学期の頃は、ノートの字も乱暴でお世辞にもほめられるものではありませんでした。 

 子どもだけでなく、私たち大人だって、自分の行動が認められたり称賛されたりすればやる気が上がるし、自信にもつながります。そして、ポジティブな・望ましい行動が増えていきます。 

 M先生については、昨年5月のPLC便りでも紹介しましたが、常に「ひとに対する敬意」をもって、子どもたちや教職員に接している力のある教師です。 

 しかし、M先生の子どもたちに対する指導・アプローチの仕方は、低学年のほかのクラスの学級担任の先生たちに影響を及ぼしてはいますが、学校全体には及んでいません。さらに、子どもたちへの影響については、せいぜいM先生がかかわっている2年生の子どもたちの範囲にしか及んでいません。 

 このように日本の学校(特に学級担任制の小学校)では、個々の教師の資質・能力によって学習指導も生徒指導・生活指導とその成果も大きく異なってしまうのです。 

 M先生が毎日実践しているような子どもたち一人一人の良さや頑張り、ポジティブな行動に対する称賛・プラスのフィードバックを、学校全体で子どもたちにかかわる全教職員がコーチングなどの行動科学や学校心理学、特別支援教育の専門家と連携・協同して行う取り組みが、1996年からアメリカで始まったPBISPositive Behavioral Interventions and Supportsポジティブな行動介入と支援)です。 


PBISは、研究者とアメリカ教育省の特別支援教育プログラム局とが連携して開発した児童生徒の行動面へのアプローチです。「応用行動分析」「予防的アプローチ」「ポジティブな行動支援」が、その基盤になっています(第1 PBISの基礎理解 10ページ)。 

PBISは、全校規模で実施される生徒指導の概念的フレームワークで、エビデンスに基づいた介入を構造化して実施し、すべての児童生徒が、学業においても行動においても最大限に成果を出せるように支援することを目的としています(同上、10ページ)。 

PBISが成功するために不可欠な条件として挙げられているのが、以下の6つです(同上、10ページ)。

1.全校規模で行うこと★

2.全校規模で行うための核となる専門部署(教育委員会)内での専門性の確立

3.データを収集・分析し、改善のための判断に活かすこと

4.データを取り続けること

5.組織に構造的な支援システム(人的・経済的・専門的な情報知識のリソース、研修、ポリシー等)があること

6.効果的な研修を継続的に行うこと 

さらに、これら6つの条件を成立させるために満たすべき「ガイドライン」が、米国教育省特別支援教育プログラム局から出されています(同上、1314ページ)。★★ 

 つまり、教師の経験や勘に頼って行っていた生徒指導を行動科学や学校心理学などの専門家と先生方がチームを組んで、財政面や研修面での教育委員会の強力かつ継続的なバックアップ・フォローアップを得ながら、学校全体ですべての先生方が取り組むのがPBISなのです。 


◆【学校全体で取り組むPBISのサイクル】〈資料2111参照〉 


PBISはその取り組みの成果である子どもたちの行動変容について、参与観察やインタビューなどの「質的データ」と意識調査や子どもたちの自由記述などの「量的データ」に基づいて、科学的に分析・評価し、取り組みそのものの改善のためにフィードバックするという実践のサイクルを繰り返していくのです(第2 PBIS実践マニュアル48ページ、資料2111「学校全体で取り組むPBISの連環」)。これは、正に「探究のプロセス」と同じです。 

◆【ポジティブな行動を生みだすサイクル】〈資料2112参照〉 

 

PBISでは、児童生徒に対して、「どうあってほしいか」「どういう行動をとるべきか」という具体的な行動レベルの期待像・ポジティブな行動を初めから明確に示し、それらの行動をとるために必要なスキルをすべての児童生徒が身につけられるようにします。資料2112は、子どもたちのポジティブな行動を増やしていくためのサイクルです。このサイクルは、行動科学や心理学の知見に基づいた「応用行動分析」によるものです。 

 これまでの生徒指導・生活指導の多くが、問題を起こした児童生徒に注目し、その問題行動に対症療法的に行われてきました。それに対し、PBISは、予防的、開発的・発達促進的なアプローチで、児童生徒のポジティブな行動を増やしていくために、学校が何をできるかという視点で考え、学校全体で探究的に実践していく画期的なものだと思います。★★★ 

 ただし、栗原氏も述べているようにアメリカのPBISをそのまま日本に導入するのではなく、「データと理論に基づく」視点をしっかりともって日本なりの工夫をしながらPBISの実践の輪を広げていくことが重要なのだと思います。



★  全校規模で行うPBISは、グリーン(すべての児童生徒への支援)イエロー(リスクの高い児童生徒への支援)レッド(より専門的な支援が必要な児童生徒への支援)の三層構造による支援になっています。これは、学校心理学3種類の心理教育的援助サービスすべての児童生徒を対象とした「一次的援助サービス」、学業面や心理・社会面、進路面で苦戦している児童生徒を対象とした「二次的援助サービス」、長期欠席やいじめ、非行など特別な援助ニーズをもつ児童生徒を対象とした「三次的援助サービス」に相当するものです。 

★★  ガイドラインで示されているものは、次の10個です。詳細については、この本をお読みください。

<リーダーシップチーム> <財源> <透明性> <行政からの支援> <ポリシー> <研修能力> <コーチング能力> <評価能力> <行動科学の専門性> <学校・学校区のモデル> 
★★★  栗原氏らを中心として始まった日本の学校におけるPBISの取り組みは、マルチレベルアプローチMLA)という包括的生徒指導を推進する4つの柱の1つに位置づけられています。その4つとは、PBISSELSocial and Emotional Learning社会性と情動の学習ピア・サポート協同学習です。〈資料「PBISSEL・ピア・サポート・協同学習の構造」参照〉